第六話:僕がやりたかったこと
しかし、そういえば月子の母親って息災なのだろうか。今まで一度も母親のことは聞いたことがなかった。月子が母親の話をしたのは今が初めてだ。
どんな人なのだろう。月子に似て芯があって快活なのだろうか。それともあの鈴宮教授の妻だからおっとりと穏やかな性格なのだろうか。声はどんな感じなのだろう。僕は想像上の月子の母親を思い浮かべたが鮮明にはならなかった。うーん、とぼやいていると、後ろから誰かに声をかけられた。
「あんちゃん。ちょっくらわしらの写真、撮ってくれへんか? 」
それは年老いた男性三人だった。どうやら町内の登山会で来たらしい。皆大きな荷物を抱えていた。
「写真ですか。いいですよ」
僕は手渡されたカメラを構え、もう少し右に寄ってください、などと指示を与えていた。
「あんちゃん、おおきにな。わしら去年もこのイベント参加してたんや」
「そうなんですね」
「ああ、でも去年は写真撮ってくれる人が誰もおらんくてなあ。今日はあんちゃんがおって助かったわ。ありがとうな」
「いえ……」
僕は少し恥ずかしくなって下を向いた。
男性は続けた。
「去年の木漏日山岳もよかったで。今年は途中までしか登れそうにあらへんけど、金星を見るにはもってこいの山や、青空山岳は」
「ほんまやわ。わしらは登山会やけども星見るん、楽しみにしてるんや」
と他の二人も言い合う。僕はこの人たちの山や星への熱量をしかと感じた。
他府県から来たらしい男性に手渡されたカメラ。それは一眼レフでもデジタルカメラでもなく、昔懐かしいフィルムカメラだった。それを見てホッと一息つくと自然と笑みが溢れてきた。
なぜだろう。小ぶりなのにずっしりとしてとても重みがある。年代物のそれを抱えながら、僕がやりたかったことはこういう事だったのかもしれない、と考えに耽る。「やりたかったこと」なんて大仰な言葉が僕の中から出てきたことも驚きだ。
「そうですね。そのあたりでお願いします」
男性たちの位置調整を終え、シャッターを切ろうとした時
「わあー!!! 」
と急に大きな歓声が上がった。何事か、と僕も男性三人も声の方向を見た。やがてそれは周りの人たちへも伝播し、大きな一帯の声の波となった。なんて心地よいのだろう。その理由が後に流星だったのだ、と気づいたとき、僕は感涙した。なぜ涙が溢れたのか分からない。僕は流れ星を見逃したというのに。だが見ることが出来た人からすれば、金星を見に来たはずが思わぬ幸運だっただろう。
「いや、今流れたみたいや」
「まったくわからんかったわ。ポーズとんのに必死で」
「わはははは」
三人は顔を見合わせて思いきり笑った。しかしそのうちの一人が
「あんちゃん堪忍なぁ。せっかくの流れ星やったのに。こんなおじいらの写真のために見れへんかった」
と謝ってくれた。僕は
「いえ、大丈夫ですよ。もとは金星を見に来たので。それに……」
その先は言わずにただ笑って、自分の気持ちを誤魔化した。
生まれて初めてこんな気持ちになれた。周りとの一体感。まるで初めて流れ星を見た時の、僕を見つめる母さんの表情。目をキラキラさせながら喜ぶわが子を見る、なんとも言えない温かいはにかみ。きっとその時の気持ちなのではないだろうか。
父は物心ついたときにはいなかった。そばにはいつも母さんがいた。母さんがいない時に、幼かった僕の遊び相手として、母さんは『星々』と言う名の神様を生み出したのだろう。星の一つ一つの名と意味を教えてくれた。点と点を繋いで数多の線となる。それが無限を織りなす宇宙の懐の深さだ。
「この点の一つにアポロはなるの」
閲覧ありがとうございました。書いていてやはり今回も「悩ましいな……」と感じました。ストーリーを進めるのは楽しいけれど難しい!
おじさん三人組は関西弁なのですが伝わっていますでしょうか?次回も読んでくださると嬉しいです。よろしくお願いいたします。
(次回:『月守アポロ』を覚えていてくれ!)




