第二話:月子からのお誘い
僕は二人より一足先に学校に着いていた。最近いつもそうだ。今まで興味がわかなかったから気づかなかったが、月子と少し一緒にいるだけでなんとなく理解できる。
月子も他の女子生徒となんら変わらない、男子生徒の注目の的だということを。
その証拠に藤田のような面倒くさい男子生徒が月子の周囲には群がってくる。それは僕が隣にいるからかもしれないな、とふと感じる。
しかし僕は知っている。月子が金星をこよなく愛する変人だということも、父親は天文学の教授だということも、一人っ子で昔から父親とよく天体観測に出かけていたということも。
野郎どもが何一つ知らないことを僕は知っているのだ。だからと言ってなんてこともない。しかし、月子のことを好きでたまらない輩だとしたら飛び上がるほど欲しい情報だろう。喉から手が出るほどになりたい立ち位置なのだろう。彼女の友人。
それにしても朝一でうっとうしい男子生徒に絡まれるのもうんざりする。幸い僕はそういった経験はないけど、あれだけの男子生徒の気を引くことができる女性なら、この先一生恋人には困らないだろうに。
しかし、当人からしてみれば迷惑極まりない話なのだろう。などとくだらないことを考えているうちに一限目が始まろうとしていた。
担任の中年教師、柳は
「おーい席つけ~」
と出席簿で教台をバンバン叩く、という今時流行らないような尖った態度で生徒たちを手なずけようとした。
「せんせー、忘れ物―」
「早くとってこーい」
いつも通りの時間の無駄としか思えないやりとりが心地よく思えるくらいに、僕は自席で授業を受けることに慣れてきた。屋上で天体観測するのは夕方だけで十分だ。月子はきっと来てくれるだろう。
不思議だった。月子のことはどちらかと言えば苦手なタイプだと感じていた。 おっとりしていて優等生で、男子生徒から絶大な人気を誇る。それに加えて天然気質の不思議ちゃんと来たからだ。しかし、本物の彼女は違った。
ああ見えて気もきついし芯を持っている。信念というべきものだ。不正は嫌い。やるべきことはやる。そのあたりは僕の信念とも通じるものがある。だから僕は月子を気に入った。友として迎え入れた。しかし、一番の決め手は金星だった。
「ほらアポロ、見てみなよ。すごくきれいよ」
金星を指さし月子はそう言った。その横顔は荘厳な金星の光を浴びきらきらと輝いていた。
「そうだね」
僕も同じ方向を向きじっと彼女の恋人を見る。改めて見てもやはり美しい。
「金星の花嫁になりたいわ」
「また変なことを言い出した」
「なんでよ。アポロだって神様を信じているじゃない」
「それとこれとは話が別だ」
そんな会話をしてあっという間に日が暮れてしまう。校舎の屋上は18時には閉まるから僕らは5分前には屋上を出て一階に降りていなければならない。そしてそこで別れる。
「アポロ」
屋上を出て急に月子が立ち止まり、そう呼びかけた。いつのまにか僕たちは名前で呼び合うようになっている。
「何?」
月子は黙っていた。
「早く行かないと正門閉まっちゃうよ」
と僕は急かした。
「あのね、アポロ。今度私と青空山岳に星を見に行かない? 」
「青空山岳? 」
星が美しく見える場所として近所では有名な山だ。
他府県では星の生まれる山、だなんて噂されている。
「いいけど、いつなの?」
「え?行ってくれるの?」
「うん」
月子は僕が誘いに乗ると思っていなかったようだ。
「やった! 嬉しいわ。ありがとう」
「うん、でいつなの?」
これ、よかったら。と言って帰り際月子が手渡したパンフレットを帰り道に見る。そこにはこう書かれている。
『鈴宮正道先生と行く星空ツアー! 今年は青空山岳へ』。なるほど。月子の父親だ。
鈴宮正道教授は天文学者で青空大学の教授として生徒に天文学を教えている。月子から何回か聞いていた話だ。それにしてもこんな顔だったんだ。
写真を見るとすごく品のある物眼鏡の白髪男性だ。均整の取れた柔和な笑顔をたたえている。言われれば心なしか月子に少し目元が似ているかもしれない。僕は二つ返事をしてしまったし、行かないわけにもいかない。
日程調整をしないと。その前に母さんに外出のことを言わないとな。僕は急いで帰路に就いた。
「えっ」
月子と天体観測に行くことを告げると母さんは歯磨きをしながら口からぶくぶくと泡を吹き出し驚嘆の声を上げた。
「きったないなあ」
「だって! あんたが女の子とデートだなんてさ!! 」
「デートじゃないよ。天体観測」
母さんは歯磨きどころじゃないらしく、慌てて歯ブラシを口の中から引っ張り出すと口と一緒に濯ぎ、僕の前に見ごと顔を乗り出した。
「それで、どんな子なのよ」
「どんな子って、普通の子だよ」
「普通ってどんな? 」
母さんの興味は天体観測じゃなく、完全に架空の彼女に移り変わっていた。
「だってさ、アポロに初彼女ができたのよ? 喜ばないはずがないじゃない!! 」
「初でも彼女でもないし」
それを聞いて母さんはますます顔を紅潮させ
「えっ母さん聞いてないわよ! いつそんな女の子ができたのよ?! 家に連れてきなさいよ! ごちそう振舞ってあげるから! 」
「うっさいなあ」
母さんがこれ以上ヒートアップする前に僕は自室に向かいさっさと寝る準備をし出した。どう考えても母さんと僕に血縁関係があるとは思えない。断じて思えない。
天体観測は次の日曜日だ。
ご覧いただきありがとうございました。書いていて楽しいですが難しいな、と思わされるエピソードとなりました。
最後まで読んでいただけ嬉しいです。次回もよろしければ読んでください。よろしくお願いいたします。
(次回:鈴宮正道)