第九話:愛し愛されること
---------------------------------------------------------------------------------------------------
きっと下品だと決めつけた親は僕の名字と紐づけたのだろう。
「月守。月が入っているからアポロ。何たる安易な思考回路なのだ。聞いてあきれる」
しかし、もしそうだったとしても、母さんが一生懸命考えてつけたくれた名前を貶める輩を僕は心から蔑む。
物心ついたころから父さんはいなかった。だから母さんは僕を産む際一人で不安だったという。その時ふと啓示のように閃いた。
「この子はアポロン。太陽のように周りを照らせる明るい子」
周りを照らすことは難しい。僕は明るい性格でもない。どちらかと言えば暗い。でも人一倍考える事と星が好きで神様を信じている。そんな無垢な少年でいいのではないか?
---------------------------------------------------------------------------------------------------
しかし確かにそうだ。彼女のいう事には筋が通っていた。サボっていること自体は僕だけの問題だと思っていた。でもその裏で何人もの人が、何かしら僕のことを考えている。思考をする時間を奪われている。月子なんて実害が伴っているのだ。
「ごめん。きつく言い過ぎた」
そう月子が謝った。うつむいた瞳には涙が溜まっており、手は震えていた。
「いや、僕の方こそごめん。今後はちゃんと授業に出るから、許して」
「……。いいよ、約束してよ」
月子は答えた。僕は
「でも今日は一人にしてくれない? 」
と言った。
「うん」
とだけ答えて月子は去った。
僕は日が沈みかけた屋上で神々しく光り輝く金星だけを見つめていた。なぜがすがすがしい気持ちと焦燥感が混在していた。しばらく感傷に浸り、その後階段をのろのろと降り教室へ向かった。
数日が経った。僕は律儀に授業に出席している。クラスメイトたちはすべてを知っているのだろうか。僕のことを横目で見、ひそひそと何かつぶやき合っている。月子は男子から人気のある生徒だ。僕が泣かした、などと悪いうわさがたっても厄介だ。
相変わらず、というべきか、月子は上の空な様子でボーっとしている。授業を聞いていないような呆けた顔で天井を見るのが月子スタイルだ。
しかし教師に当てられるとしっかり回答するからたまげたものだ。多分考え事をする時に上を向く癖があるのだろう。だから知的でなんでもそつなくこなす、などと男子からもてはやされているのか。
「なるほど」
一人納得して授業終わりに廊下に出る。辺りを見渡すと人はたくさんいる。一介の高等学校の廊下にさえこんなに人がいるんだ、地球上にはどれだけたくさんの人たちがひしめき合って暮らしているのだろう。
そして、その中でどれだけの人が僕のことを理解しようとしてくれるのだろう。そしてまた、同じように僕も相手を理解しようとするのだろう。わからない。そんな星の数を数えるようなこと、僕には皆目見当もつかない。
ある人がこう言う。
「アポロのこと理解したい。私アポロが好きなの」
またある人はこう言う。
「アポロ。お前を信頼している。お前は俺の唯一無二の友だ」
言葉なんてただの呼吸だ。すぐに空気に馴染んで溶けていく。言霊なんてもの僕は信じていない。言質なんてとる必要性もない。僕が信じられるのは、無数の天体。神。僕に名を授けてくれた母さん、そして僕自身。それだけだ。
それに言葉一つ一つは耳で聞かなくても感度が高い心のフィルターに残っている。例え現像されなくても、シャッターを切らなくても、自然に記憶として刻まれている。
心の目は自分を見ている。人の心が見えないように、自分の心も人には見えない。ある意味バランスがとれている。でもきっと均衡の取れていない影の部分があるはずだ。
影があれば光がある。光に見えた影もある。その逆もまた然りだ。それを神様は見ている。もし心の中にも神がいるならば。
閲覧ありがとうございました。内省、どうでしたでしょうか……?自分では書いていてとても楽しかったです。次回もよろしければ見てくださいね。
(次回:母さんとの会話)




