第九話 軍の施設へ
「うーん、もう朝か……」
翌朝、私は久しぶりにゆっくり寝たような気がした。
いつもは夜遅くまで仕事しているので、朝中々起きられないのだ。
そして周囲を見回すと、いつもと違う光景に一瞬だけ焦った。
そっか、私は新しい世界にやってきたんだっけ。
枕元ですやすやと寝ているスライムのスラちゃんを見て、改めて実感したのだった。
しかし、まったりした時間はあっという間に終わってしまった。
「ウォン!」
ドスッ!
「ぐふっ! し、シルバ、寝ている上に乗らないで……」
「ウォン!」
朝から元気いっぱいのシルバが、早く外に行こうと急かしてきたのだ。
しかし、シルバはまだ子どもとはいえフェンリルだ。
既に大型犬ほどの大きさがあるので、いきなり乗られるとかなりの衝撃があった。
当のシルバは興奮しているので、私の心もとない叫びを全く聞いていなかった。
そして、この騒ぎによって起きたスラちゃんが怒って、シルバはようやく大人しくなった。
タシタシ、タシタシ!
「キューン、キューン……」
他の部屋で寝ている人がいるのだから暴れないでと、朝からスラちゃんの説教が始まってしまった。
またもやシルバは反省のポーズをしてるけど、やっぱりスラちゃんがお兄ちゃんだなと思いながら私は支度を整えていた。
部屋の鍵を閉めて宿を出ると、まず最初に市場に向かった。
当面の朝食用のパンとかを確保し、シルバの食事用の肉も手に入れないと。
そう考えると、お金はたくさんあった方が良さそうだ。
「うーん、朝騒いでいたしシルバ用のお肉は少なめにしようかな?」
「ワ、ワフッ!?」
シルバはそれはやめてと体をスリスリしながら懇願してきたけど、スラちゃんは少なくていいとフリフリしていた。
流石にシルバが可哀想かなと思い、普通のお肉を購入しておいた。
もちろんパンも数種類ゲットし、市場のベンチに座って食べていた。
「ハグハグハグ」
「さて、軍の施設は王城の隣だと言っていたけど、遠くなのに王城って大きいんだなあ……」
「ハグハグハグ」
シルバが皿に乗せた朝食用のお肉を食べている最中に今日の目的地を確認していたが、どうやったらあんなに大きい王城が作れるのか少し興味が湧いた。
前世でも海外旅行を行ったことはなく、城というのを初めて見たこともあった。
シルバもお肉を食べ終えたので、私は生活魔法で皿を綺麗にしてから魔法袋にしまった。
さて、では目的地に向かいましょう。
「うわあ、近くで見るとこんなにも大きいんだ……」
「ウォン、ウォン!」
市場から少し歩き貴族が住むような高級住宅街を抜けると、目的地の隣にある巨大な王城がドーンとそびえ立っていた。
私とスラちゃんはそのスケールの大きさに圧倒され、シルバはもう大興奮って感じだった。
王城前は厳重な警備が敷かれていて、その中を高級そうな馬車が通過していった。
王族や貴族が仕事をする、まさに国の中枢といったところだろう。
そして、その王城の隣に軍の施設があった。
こちらも入り口は兵によって厳重に警備されていて、兵の詰所みたいなところもある。
私たちは、まず警備している兵に冒険者カードを提示しながら話しかけた。
「おはようございます、冒険者のリンと言います。昨日このシルバの件で王城隣の軍の施設に来て下さいと言われやってきました」
「はい、伺っております。少々お待ち下さい」
なんというか、あっさりと話が進んでいった。
恐らく、警備の人に私たちが行くと連絡が入っていたのだろう。
報連相がしっかりしていて、ある意味とっても感動した。
そして暫くすると、渋い中年男性が部下を連れてやってきた。
明るめな茶髪の短髪で、中肉中背だけど如何にもできますよといった人物だった。
「嬢ちゃんがリンだな。俺はダインだ。ライアン伯爵家のものだが、堅苦しいのは嫌いだから名前で呼んでくれ。さっそくだが、中に入ってくれ」
結構迫力のある声に、私たちにも緊張が走った。
いわゆる軍人貴族って人で、かなり偉い人なのは間違いないだろう。
私たちはダイン様の後をついていき、周囲を部下が取り囲んだ。
緊張感に包まれた影響なのか、シルバもかなり大人しくしていた。
すると、ダイン様があることを話した。
「そんなに緊張しなくていい。ルーカス様から大体のことは聞いているし、バルガスと酒を呑みながら詳しい話を聞いたぞ」
「バルガスさんって、もしかしてギルドマスターですか?」
「おお、そうだ。初日から治療で活躍したらしいな。そこのフェンリルは、グーグーと寝ていたってこともな。スライムの方が大活躍だったらしいな」
なんというか、とてもいたたまれない気持ちでいた。
あのギルドマスターなら、お酒が入ると何でも話しちゃいそうだ。
そして、昨日の失敗をバラされたのか、シルバはがっくりと落ち込んでいた。
そんな中、事務棟みたいな建物に到着した。
そして、カウンターみたいなところからダイン様が声をかけた。
「えーっと、いたいた。おーい、例の嬢ちゃんが来たぞ。書類を持ってきてくれ」
事務員みたいな人に声をかけて、一枚の書類を持ってこさせた。
書類を見ると、種族や所有者などの記載欄があった。
しかし、一つだけ分からないところが。
ここは、シルバではなくスラちゃんに聞いてみよう。
「スラちゃん、シルバがどんな魔法を使えるか知っている?」
スラちゃんに確認すると、風魔法と身体能力強化が使えると教えてくれた。
というか、肝心のシルバがそうなのって表情をしていた。
これは、私と一緒に魔法の訓練をする必要がありそうだ。
すると、私とスラちゃんのやり取りを見ていたダイン様が、もう一度事務員に声をかけた。
「おーい、もう一枚書類を持ってきてくれ。このスライムも、普通のスライムじゃないぞ」
スラちゃんは、「僕も」って触手で自分を指していた。
確かに、スラちゃんは普通のスライムじゃなさそうですね。
しかも、もう一枚の書類に自分で色々と内容を書き込んでいた。
触手を使って器用にペンを持っているけど、私よりも達筆でちょっと悔しかった。
「スラちゃん、魔法障壁使えるんだ……」
私の呟きに、スラちゃんは実際に魔法障壁を出していた。
明日から、スラちゃんに魔法の使い方を教えて貰おう。
そして、ダイン様もスラちゃんを特別視していた。
「ふむ、将来性はフェンリルの方があるが、現時点ではスライムの方が上だな。文字を書けるスライムなんて、どう見ても普通じゃないな」
ダイン様は書類を手にしながら苦笑していたけど、内容は全く問題ないという。
これで今日は終わりかなと思ったら、意外なところから仕事が舞い込んできた。
「よし、書類はこれで終わりだ。そして、リンに仕事がある。治癒師としてな」
「治癒師、ですか?」
「おう。剣士としての仕事もあるが、それはちょっと先だ。バルガスに聞いたら治療オッケーらしいから、軍の治療施設で治療して欲しい。明日教会の奉仕作業で一緒になる奴も来るぞ。報酬は明日まとめて合算だな」
まさかの治療の依頼だった。
昨日一生懸命に治療したのか、次の仕事に繋がったんだ。
何だかとても嬉しかった。
そして、明日仕事で一緒になる人にも会えるということだったが、この出会いが運命の出会いとなった。