第〇三話|邂逅
「大切な事程、言葉にならないものである。」
鈴響高校、登校初日。既に入学式などの式典は終わり、この後はクラス別のHRだ。
イヤホンで音楽を聴き、本を読んでいるので、早々の事が無い限り誰かに声を掛けられることはないだろう。
と思っていたのだが、一つ右隣りの席から先程から若干の視線を感じる。
実は僕の友人である「佐野日向」も、同じく鈴響高校が入学したのだが、
どうやら彼は一組だったと、メッセージが来ていた。
一緒に登校しようと言われたが、彼は時間に若干ルーズなので、
登校初日に何かあってはまずいと思い、スルーしていた。
まあそれはそれとして、そろそろ視線を何とかしたいと思ったので、僕は本を優しく閉じ、
イヤホンを左耳から外していく。
イヤホンはケースに入れ、書けていた指定鞄にしまった。
またチラリを見てきた彼女に、僕は「何か、僕についていますか?」と聞いてみた。
すると彼女は「そういう訳じゃなくて、ごめんなさい。まさか自分の教室から見える景色が
こんなに綺麗だと思わなくて、気になってそっちの方を見てしまっていました。」と、
とても丁寧な言葉と中々綺麗な声で返してきた。
教室に入り、席に座り、書類と黒板を確認してすぐに音楽を聴いて、
本に集中していたのでまだ窓からの景色を見てはいなかったが、
確かに目をやってみると眺めは絶景で、砂浜とその前に広がる海は確かに輝いていた。
「確かにここからの景色は綺麗ですね。」と彼女に返答したら「そうですよね。」と一言添えてくれた。
これから暫く席は変わらないだろうから、悪い関係にはしたくない。
今の今まで当然気付かなかったが、彼女はかなり容姿が整っていた。
耳下まで伸びた艶やかな髪と白く美しい肌。指先は綺麗で、目はとても綺麗だった。
あまり人には関心はないし、どうこう思った事などほとんどないが、
明らかに綺麗な人だと感じる魅力を持った人だと素直に感じた。
まあ知り合ってものの数秒なので、特に何かある訳ではないが。
そんなことを考えていると、彼女が「君は、ここら辺の出身なの?」と聞いてきた。
思ったよりも会話が続きそうだ。
「うん。でも火曜となると軽く一時間以上かかるから、寮に入ることにしたんだ。」
「それは奇遇だね。私も寮に入ることにしたんだ。ちなみにさっき書類を見たら、
どうやら私は蛍雪寮だったよ。」
「そうなんだ。僕は幽玄寮だったよ。にしてもこの学校は随分と広いよね。
寮も学校施設も色々とあって、覚えられるか不安だよ。」
「確かに。」彼女はクスリと微笑みを見せた。
「そういえばまだ名前を言っていなかった、僕は二条。二条渚。これからよろしく。」
「私は葉月結弦。こちらこそよろしく。まさか初日にこんないい友人と出会えるとは。光栄だよ。
私のことは葉月でも結弦とでも好きに呼んでくれて構わないよ。」
「そっか、じゃあ結弦って呼ぼうかな。僕の事も好きに呼んでもらっていいよ。」
「そうか。なら二条君と呼ばせてもらおうかな。改めてよろしく。」
「こちらこそ、よろしくね。」
これほど良い人と隣になれるとは…どうやら今日の僕は、運が良いのだなと思った。
僕達が話している間に、右前あたり、ドア近くでも何やら会話が始まっていた。
段々とクラス全体の緊張感がほぐれ、融和していく感じがする。
まだ教員らしき人は来ていない。
もう少し、隣の結弦と話そうかと思った。