普通って何者?
彼女は普通の人生を嫌う子だった。20代後半には結婚して、30やそこらで子供をつくって、とっておきのデートは夢の国で、映画のエンドロールでキスをして、そんな普通を嫌う女の子だった。
そんな彼女の価値観に怯えて、僕は普通じゃない男を演じ続けた。初デートは裁判の傍聴だったし、良い雰囲気の時にチョイスした映画は決まって、レビューの荒れている退屈な洋画だった。ポップスは聴かず、読み方も分からないアーティストのB面を聴きながら煙草を吸った。彼女に新鮮な刺激を与えないと、僕の前からいなくなってしまう気がしたから。
そんな彼女は2年前、休憩3200円のラブホテルを抜け出して、僕の前から消えた。ふたりの秘密基地みたいな、プラネタリウムの星が泳ぐ403号室を、彼女は抜け出した。寝ぼけ眼を擦って、君のいない冷たい枕を眺めながら、君と観るはずだった、旧作のレンタルビデオの延長料金がいくらになったかを、ぼんやり考えていた。
彼女を失った僕は、ただ普通のデートの仕方も分からず、面白くもない映画を観て、知らない曲ばかり聴く、まるでモテない男になっていた。28歳。周りが結婚ラッシュに入って、御祝儀で貯金が減っていく日々。僕は、相変わらずひとりで面白くもない映画を観て、まとめ買いした安酒を煽っている。ふとFacebookの通知が鳴って、君の投稿だけが真っ暗な部屋に光を差す。「なんだ、結婚してんじゃん。」
全く君は普通だね。横に写る男は、流行りのセンターパートにポール・スミスのジャケットを羽織って、貼り付けたみたいな気持ちの悪い笑顔を浮かべている。どうせ披露宴で「CAN YOU CELEBRATE?」でも流したんだろう。結局そんなのが好きなの?普通だね。
だって28歳って(笑)。みんなと同じタイミングで 、みんなが選ぶような、そんなつまらない男と結婚してんじゃん。どうしちゃったのさ。あんたのおかげで、僕は普通が怖くなった。君だけは、ヒットチューンも人並に知らなくて、星5の恋愛映画で涙ひとつ流さなくなってしまった僕の味方でいてよ。味方でいろよ。