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優しく、ていねいにおれは動きを繰り返した。快感を得るためでもあるし、空間から外れることのないように気を配ってのことでもある。
この世で誰もなし得たことのない下劣で崇高なこの行為をおれは楽しんでいた。背徳感を覚えつつも自分自身と交合うなどという荒唐無稽で実現不可能なこの行為をしていることにも酔っていた。
おれの息づかいは徐々に激しくなっていた。快感がとめどなく溢れて、もどかしさとやるせなさと切なさが胸の奥をぐちゃぐちゃにしていた。
「あぁー」
声が漏れる。もうどうにでもなれ!という気持ちに押し流されて行為に浸っていると、ガチャリとドアが開く音が聞こえた。
誰かが家に入ってきた。鍵をかけておくべきだったな。
だが、この行為を止める気はすでになかった。もう二度とこの摩訶不思議な現象には巡り会えないかもしれないのだ。止められはしない。
「てるくーん」
やす子だ。やす子に見られる。興奮した。
「入るねー」
玄関から部屋の前に来たやす子がこの部屋のドアノブに手をかけて回した。興奮した。
「また背中冷やしてあげたく・・・」
ドサッという音を立ててやす子の手からビニール袋が床に落ちた。何か買ってきてくれたのだろう。
やす子の驚愕を浮かべた顔が良く見える。おれは行為のため頭が空間に入ったり出たりを繰り返しているので、やす子から見るとおれの顔が近づいたり少し遠ざかったりを繰り返して見えただろう。気味の悪いことこの上ない。
しかし、それよりも不気味なのは身体の方だ。おれからはどうやっても体の中側が見えるシステムではないが、やす子からすれば、前面のおれの身体はもしかしたら切断面となっていて、もろに内臓が見えている可能性がある。
今の体勢だと肩から腹辺りまではどうにか皮膚を伴っているだほうが、下半身は中身が丸見えなのではなかろうか。つまりは大腸、小腸、膀胱あたりのおれの内臓が、ヌラヌラと赤味を帯びて蠢いているのが目前に見てとれているはずだ。
この行為に浸るには臀部が前で前面が後ろに来るため、前面はおれの尻の後ろに見て取れる。
つまり、前面をスパッと切りとって後ろに持ってきた形なのだから、スバっと切れた部分は前から内臓が丸見えになる理屈だ。
その証拠にやす子はえずきだした。
「うぐぇっ」
おれは興奮した。
なにかにとりつかれたように、おれは激しく腰を振った。おそらくやす子からはヌメヌメとした赤い腸などが妖しく蠢いて見えていることだろう。興奮した。
「ぐぇっ」
やす子が嘔吐した。そこでおれは絶頂に達した。