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目の錯覚だとか勘違いだという考えは吹っ飛んだ。確かに透明になったような、スマホの写真を加工する時の消しゴムの作用のように、ふっと指先が消えた。
おれは冷静になろうと努めた。焦っても良い結果は得られない。さっき指が消えた辺りに指先をていねいに運んだ。しばらく空間を指で探っていると、ふいに指先が消えた。
恐怖と興奮が襲ってきたが、せっかくのチャンスを感情で失うのを避けたかったおれは、必死で恐怖に立ち向かって懸命に手を動かさないように固持した。
確かに指先が、中指と薬指の一部が見えない。切れているようだ。
『 なんなんだこれは!』
おれは持ち合わせている限りの勇気をふり絞って手を先に伸ばした。案の定指は進めただけ消えていった。
「まじかよ」
おれは呟きながら夢心地になっていた。現実逃避だ。何か物凄い発見をしたのかもしれない。もしくは異次元空間への入口を偶然見つけてしまったのか。
手首まですっかり消えてしまったところで、おれは我に返り手を引き抜いた。手はちゃんと付いていた。消えていた間も指の感覚はあったように思うし、異空間に手が包まれていた感覚もなかった。
『 なんなんだこれは?!』
「もなか?ハハッ」
カチャリとドアが開いて横川がニヤついた顔を見せた。
おれは驚愕の表情を浮かべたままであろう顔を横川に向けた。
「てる。何そんな驚いてんの?ほんとに もなか?」
横川がきょろきょろ戸当たりを見回した。誰かいると思ったのだろう。繰り返すが、横川の言う『もなか』は、ことをいたしている最中 という意だ。
「いや、ちょっと驚いただけ」
おれはため息をついてからあぐらをかいて座り込んだ。
横川も俺にならって座り、大量のゆで玉子の入ったビニール袋を手渡してきた。
横川の車で近所の洋食屋のチキンカツを食いに行った。そこのチキンカツはやたらでかくてお気に入りだった。腹も満たされて満足したが、さっきのことが気になってきた。横川に話すつもりはなかった。面白い話だが、場所を特定できた確証がなかったし、気味悪がられるのも本意ではない。
アパートまで送ってもらい、横川はそのまま車で帰って行った。部屋に戻ると一服してから、腹は満たされているのに横川の持ってきてくれたゆで玉子をひとつカラを割って食べた。どうやらチョウはいつの間にかいなくなっていた。
おれは意を決して立ち上がり再びあの場所へ向かった。