7.初めての感情 sideアルフレッド
「おまえ、また救世主様のとこ行くのか?」
あらかたの書類を片付けドアへと向かう俺に若干あきれ気味の声がかかる。
「…休憩時間だ」
あきれた声をかけた男、ジェイドにちらりと目をやりながらドアノブをつかむ。
ジェイドがあきれた声を出すのも無理はないかもしれない。
空いた時間があれば、俺はせっせとあの日命を救われた恩人の部屋へとやってきていた。
伝承にあった救世主様に間違いないと確信した俺はあのあと、砦の一室で目を覚ました。
腹に受けた傷が何もなかったかのように消えているのを見て俺は驚愕した。
今まで見たどんな治療士もこんな治療を施したところは見たことがない。
覚えているのは体に染み入る暖かな魔力と「頑張って」という優し気な声。
「これが、救世主様のお力…」
この国、いや世界中でもその存在は知られている。
どの伝承にも必ず出てくるのが、光とともにやってくるということ。
そしてこの世界では見たことがない黒髪黒目の姿をしていること。
突然光とともにやってきた彼女は、その瞳こそ見ていないがきれいなふわふわした黒髪をしていた。
異世界からやってくるという救世主様。
各地に残る伝承には様々な武勇伝が残る。
それは千差万別で、圧倒的な魔力で見たこともない攻撃魔法で魔物を一網打尽にしたとか、誰にも破られることのない結界で未来永劫魔物とは無縁の国を築いたとか。
ほかには、その知識で様々な文化に影響を与えたとか。
この国では伝承では100年ほど前に救世主様が降り立ったという歴史がある。
俺は様々な伝承を読みつくした。
それほどの力を持つ救世主という存在に強く惹かれ、憧れを持っていた。
部屋に入ると変わらずに眠る救世主様の姿。
柔らかそうな髪に、あどけない寝顔。
触れたいだとか、守りたいだとか。
自分にこれほどの感情があったのかと思うほど、今眠る救世主様への想いが溢れ出す。
初めて会った人なのに、不思議だな…。
憧れだけでは説明がつかない感情。
布団から出ている左手を取りそっと魔力を流す。
無尽蔵な魔力なのか、どんなに流してもそれほど溜まっていく気配がない。
「それでも多少は早く目覚めるかもしれない…」
魔力の自己回復には睡眠しかないが、他者からの魔力譲渡方法はいろいろある。
皮膚接触もその一つだ。
自分の武骨な手とは比べ物にならないほど小さな手を見つめる。
柔らかい…。
そのとき握る手に力がこもったような気がしてハッとして顔を見る。
瞼がゆっくりと動き、そこに見えたのは輝く黒い瞳。
この世界では黒の色を持って生まれてくることはない。
少し潤んだ綺麗な黒の色から目が離せない。
魔力がまだ足りていない状態なので、その瞳は揺れている。
「ふわあ…、すっごいイケメン…」
掠れた声に心臓が音を立てる。
イケメンとは…?
わからない単語があったが、俺はその瞳に吸い込まれるかのように見つめた。
「キレイな目……」
ふいに表情が和らぎ、ふわりと笑った。
瞬間、今までにないほど心臓が早鐘を打ち、顔に熱が集まる。
か、かわ…っ。
今一度眠りにおちた救世主様の顔をじっと見つめる。
眠っているものに対してこのような感情を持って触れることは許されないと今まで自制してきたのに、それは脆くも崩れさる。
そっとその頬を手で触れる。
柔らかく温かい。
さらりとして心地よく指先でなんどか頬を撫で、額にかかる髪をそっとかき分けそのまま梳かすように髪に手を入れる。
見た目通りのふわふわでしっとりとした手触り。
いまだ動悸は激しいが、手は止まらない。
初めて人を可愛いと思った。
愛しい、とはこういう気持ちなのだろうか。
ずっと触れていたい。
可愛らしい声で俺の名を呼んでほしい。
あなたのことを知りたい。