4.なんか跪かれているんですが
しばらくボケっと青い空を見ていたわたしは後ろに人の気配を感じて振り向いた。
そこにはあまりの光景が広がっており、思わずぐりんっと勢いよく顔を戻す。
なに、今度はなに。
なんか知らないけど、跪かれてる…?
いやいやそんなまさか、と額を手で打ってもう一度ゆっくり振り向いた。
「ひいっ…」
鎧のようなものをつけている人、総勢20人ほどがこちらを向いて跪いているこの光景。
もはや驚きというより怖い。
映画の撮影かなんかなのか、そんなことしか考えられない。
昔洋画でみた中世ヨーロッパの世界のようだったのだ。
「あ、あのですね。ここは一体どこなんでしょう…」
そこまで言って目の前にいる人物に目がいく。
一番近くにいたその人物は、みんなと同じように跪きつつその腕にはぐったりした男性を抱えている。
わたしが目を見開いて凝視したのは抱きかかえられた男性の血まみれの腹部。
肩のほうから袈裟懸けにぱっくりと裂かれたそれはどう見ても重症。
「大けがじゃないですか!!」
先ほどの驚きもそっちのけでわたしはその人物に駆け寄る。
「すみません、患部をみます」
ハサミもないので、わたしは多少もたつきつつその人の服を剝ぐように両側に開いた。
もともと袈裟懸けに裂かれているので、上部のボタン2つ3つを外せば簡単に患部が見えるようになる。
抱えている人も手伝ってくれたので、簡単に服を取り除けた。
「これ…」
傷口は30センチほど。
思ったよりは深い傷ではないことに安堵の息をもらすが、問題は傷以外にもあった。
その傷からはもうもうと、先ほどの毛むくじゃらの熊と同じように黒い靄が立ち込めている。
「な、なにこれ…」
思わずその靄に触れるように手をかざすと聞こえる声。
『魔力を使い瘴気を払いますか?』
頭の中で響く声が先ほどと同じセリフを言ってきた。
あたりを見回しても誰一人気にした様子はない。
わたしにしか聞こえていないのか…?
とりあえず考えるのは後にして、心の中で「はい」と呟く。
また腹の中から何かがせりあがり、傷に向けていた手のひらから放出される感覚を味わう。
するとやはり先ほどの熊と同じように黒い靄は金色の粒子となり立ち上っていった。
「「「おお…っ」」」
周りから感嘆の声が聞こえるが、わたしはそれどころじゃなかった。
深くはないが大きな傷。
こんな場所で、道具もなく医師もいない。
みたところ汚れがついていたりと衛生的ではない。
このままじゃ感染症おこしちゃう。
しかも顔色も悪いし、汗が尋常じゃない。
その時響いたのはまたしてもあの声。
『解毒・消毒を行いますか?』
解毒と消毒??
そんなことできるの?
頭では疑問点が出てくるが、さっきから信じられない不思議な現象は起きているのだ。
そう思いなおし、
「はい」
と返事する。
手のひらから出るのは淡い光。
傷全体を包み込みやがて消える。
傷を見ると汚れが取れたように見える。
苦しそうだった呼吸も安定してきたし、表情も柔らかくなっている。
ほんと、魔法みたいだな・・・。
いや、今はそんなことより。
あとはこの大きな裂傷だ。
『魔力を使い裂傷を塞ぎますか?』
その言葉に待ってましたとばかりに大きく頷き、小さく返事をした。
こんどは手のひらからキラキラした光が降り注ぎ、肩口からゆっくりと傷がふさがっていくのが見えた。
感覚としては欠けた細胞を創り出して繋げていくような感じ。
肉が盛り上がり、きれいにその傷がなかったかのように皮膚を再生していく。
不思議な感覚…。
こんなことができたら向こうではもっと人を救えたんだろうな・・・。
わたしが勤めていたのは救命救急センター。
わたしはそこで看護師として忙しい毎日を送っていた。
毎日のように命と向き合って、どんなに頑張ってもその手から零れ落ちる命が少なからずあるのをわたしは知っている。
だが逆にもうだめかもしれない、そんな患者さんが奇跡の回復を見せる。
そんな人の生命力の強さも目の当たりにしてきた。
「頑張って」
ゆっくりと塞がっていく傷を見ながら無意識に言葉が出た。
あともう少し。
肩から塞がってきた傷はあと下腹部2センチほど。
なのに、なぜかそれは突然来た。
プスン。
そんな間抜けな音は実際には出ていない。
けれどわたしの感覚からすればそんな音が手のひらから出たような気がしたのだ。
いうなればスプレー缶の中身がなくなった時のあの手ごたえのない感覚。
「あれ…?あと、ちょ…っとなの……に」
最後のすかしっぺのようなものが手のひらから出た瞬間感じたのは絶えがたい睡魔。
体が重く沈んでいく。
目がかすみ開けていられない。
自分が倒れていくのがわかるが指先一つ動かせない。
だめ…だ……。
あとはブラックアウト。