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8.マオの魔力 sideアルフレッド

 2日目は早めに野営の準備をした。

 これ以上進めば魔獣が増えてくる。

 無理をせず、明朝出発することが妥当だと判断した。



「マオ、大丈夫か?」

 木の根元に座りスープを飲むマオの元に行くと、疲れた様子で笑う。

「うん。さすがにちょっと疲れたけど。今日は早めに寝るよ」

「そうだな。それがいい」


 マオの体つきはどこも柔らかくて、こういった遠征に向いていないことは一目瞭然だ。

 だが、悔しいことに浄化はマオにしかできない。

 皆と同じ荷物を持ち、泣き言も言わず同じペースで歩くマオ。

 救世主様だからと言っても奢らずどこまでも謙虚なマオ。

 俺としてはもっと甘えて欲しいと思うが、特別扱いは嫌だと言うマオの意見も尊重したい。




 食事が終わり、昨日のようにマオを抱え込むとマオは一瞬で眠りに落ちた。

 よほど疲れていたのだろう。


 スヤスヤと安心しきったように眠るマオの寝顔はいつみても可愛い。

 明日はきっと魔獣との戦いに暮れるだろうし、マオには泉の浄化が待っている。

 今だけはゆっくりといい夢を見て休んで欲しい。



「あれ、マオちゃんもう寝た?」

 ジェイドが近づいてマオを見る。

 寝顔を見せたくなくて、胸元に抱き寄せるとジェイドが呆れたような顔をした。

 それでも気を遣うように少し距離を置いて座る。


「慣れない遠征だ。疲れているんだな」

「そうだな」

 こうして話しても起きる気配は全くない。


「明日だが、泉に近づくにつれ魔獣が強くなってる。ブラッディベア並みの魔獣も出てくる恐れがある」

「ああ。マオに浄化に専念してもらうためにも俺たちが魔獣に後れをとることはあってはならない。そうなればマオは確実に俺たちを救うことを第一に考えてしまう」

 俺の言葉にジェイドが神妙に頷く。

 泉の浄化にどれほどの魔力が必要かはわからないから、マオの魔力は常に温存しておかなければんらない。

 俺たちの所為でマオの魔力が足りなくなることだけは避けたい。

 だからこそ俺たちは絶対に魔獣にやられるわけにはいかない。

 俺はマオを抱く腕に力を込めた。



 








 次の日は予定通り朝早くに出発した。

 よく眠れたのかマオの顔色も戻っている。


 しばらくはまだ討伐できるレベルの魔獣が出てきていた。

 だが、昨日ジェイドと話した通り泉に近づくにつれ空気は重くなり魔獣もレベルの高いものが現れ始めた。

 それでも騎士団と魔術師団のお陰でなんとか討伐できている。




 そんな中、聞こえた声に俺はジェイドと顔を見合わせる。


「ブ、ブラッディベアだ!」


 やはり出たか、と緊張が走る。

 目の前に現れたのは真っ黒な毛に覆われた巨大な個体。

 それも1体ではない。

 あちこちで戦闘が始まる音が聞こえる。


「大きいな…」


 目の前のシャーロット様が驚きの声をあげる。

 だが、それでも怯まず魔法を繰り出すところは流石と言える。


「アル、あれってわたしが来た時の…」

「大丈夫だ、マオ。ここには騎士団もシャーロット様たちもいる。泉へ向かおう」

 シャーロット様を見れば大きく頷いている。

「ここは任せてもらおう」

 シャーロット様の声を聞いてマオも頷く。

「わ、わかった」


 マオを真ん中に挟みジェイドと共に泉に向けて走る。

 泉が見えたところで後ろ側の大木の陰からブラッディベアの姿を確認した。

 腕で大木をなぎ倒しそのままこちらに向かってくる。


 俺は咄嗟にマオを抱え横に飛びのき、剣を抜いた。


「おいおい、またブラッディベアかよ」

 同じくブラッディベアを避けたジェイドがうんざりした口調で言う。


「マオは泉へ。そっちには近づけさせない」

「でも!」

「大丈夫だ。二度もやられはしない。俺を信じてくれ」

 マオはこちらに来た時に俺がこいつにやられているのは知っている。

 だから心配げな表情で俺を見る。

 だが、俺もやられてばかりではない。

 マオを護ると誓ったのだ。

 必ずやり遂げる。


 振り下ろされる腕を剣でさばき、マオを泉の方へ促す。

 その間俺はブラッディベアの脇をすり抜け、風の刃を繰り出し意識をこちらへ向ける。

「マオ、今だ!」

 そう叫ぶとマオがこちらを向いて頷き泉に向かって駆け出していった。



 大きな咆哮を上げ俺に向かうブラッディベアの背後から、ジェイドも風の刃を飛ばす。

 ブラッディベアが俺から目を逸らした瞬間に俺は魔力を込め地面に手を突く。

 前の時は身体の半分くらいしか凍らせられなかったが、足止めはできる。

 マオが浄化する時間を稼げれば、あとは弱体化するはずなのだ。

 地面が凍り、まっすぐにブラッディベアに向かう。

 凍えるほどの冷気を放ちながらブラッディベアの体が凍り付いていく。


 ブラッディベアの体が凍り付いたその瞬間、俺の目の前で信じられない出来事が起きた。

 凍った下半身から金色の粒子が溢れ出したのだ。


「これは…」

「それって、マオちゃんの…」

 下半身から力が抜けたようにブラッディベアが膝をつくように倒れこむ。

 俺は倒れこんだブラッディベアの上半身に氷の矢を放った。

 その矢からも光が溢れ粒子となっていく。


 ブラッディベアが嫌がるように俺に向けて腕を振り下ろしてくるも先ほどまでの早さも力強さもない。

 横にいたジェイドが剣で腕をはじき返し、そのまま懐に入り横一閃に振りぬいた。


「おい!弱体化ってか前の強さ位に戻ってるぞ!」

 後ろに倒れたブラッディベアを見て、ジェイドがそう叫ぶ。

 これは浄化なのか?

 俺は自分の手のひらを眺める。

 だが、その前に感じていたのは体にある自分の魔力。


 柔らかな温かい俺とは違う魔力が混じっている。

 これはマオの魔力だ。

 夫婦間で魔力が交じり合うのは知られていること。

 だけども魔法も使えるようになるのは初耳だった。

 まあそれは救世主様との間でなければわからないことかもしれない。

 普通の夫婦は同じ魔法が使えるから。

 得手不得手が多少あるが、みんなが全属性を使えるため普通の夫婦間でお互いの魔法が使えるかなんて検証しようがない。

 これは特殊な魔法が使える救世主様と夫婦にならない限りはわからない事案だ。



 俺は手のひらを握りしめる。

 それは今考えることじゃない。


「ジェイド、戻るぞ。マオの浄化まで時間稼ぎだ」

 マオのことは気がかりだが、泉に魔獣を近づけさせないために俺は未だ戦闘の音がする場所へジェイドと共に走った。




 金属音と魔法が飛び交う中を戻る。

 2体のブラッディベアと数体のレッドボア、ほかにもどこからともなく魔獣が集まってくる。

 王都屈指の騎士団も魔術師団も凶暴化し数の多い魔獣にてこずっている。

 本来ならこの人数でなら討伐できる魔獣だ。


 俺は狙いを定め魔獣に向けて氷の矢を放つ。

 マオの魔力のお陰で今までよりも魔力が潤っているのがわかる。

 普段なら魔力枯渇になってもおかしくないほどの魔法を放つことができる。



「アルフレッド、これは何だ!」

 俺の氷の矢から光の粒子が出るのを見てシャーロット様が俺に近づいてくる。

「おそらくマオの力かと…」

「魔力だけじゃなく魔法も使えるのか…。というか、お前まだ結婚前だろう」

「うちの邸でやりましたよ。マオの国のやり方ですけど」

 呆れた顔をしたシャーロット様にしれっと言っておいた。



「とにかく、これで凶暴化は抑えられます。マオの浄化が終わるまではここで魔獣を食い止めます」



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