6.黒い泉はわたしが浄化します
「シャーロット先生。これすごいです。遜色ないどころか向こうより上かもしれません」
カップに入ったスープを一口飲み、わたしは前に座るシャーロット先生を見る。
机の上には3センチ四方のキューブ型のフリーズドライが何種類も置かれている。
そうなのだ。
本日シャーロット先生から完成したとの連絡を受け、持ってきてもらったフリ-ズドライの試作品だ。
魔法を使っているからか圧縮率がすごく、お湯で戻すとゴロゴロした野菜が出てきて驚いた。
これならお腹にも溜まるし、保存食としてかなり優等生ではないだろうか。
「マオ様のお陰です。緻密なコントロールが必要ですが慣れれば短時間での量産も可能になりました」
美しい所作でお茶を飲みながらシャーロット先生がほほ笑む。
わたしはある程度の知識しかないのに、あの説明で良くここまで…。
お湯は魔法で出せるので、このフリーズドライがあればどこでも誰でも暖かいスープを飲めることができる。
しかも軽いし持ち運びが楽という利点ばかりのものだ。
他にはどんなものがフリーズドライに向いているかをシャーロット先生と話していると、ひょっこりとアルがサンルームに顔を出しに来た。
「マオ」
「アル!どうしたの?」
立ち上がろうとしたわたしを静止して、シャーロット先生に一礼をしてわたしの隣に座った。
「マオに見て欲しいものがあってな」
そう言いつつ差し出したのは一枚の紙。
「これは俺が書き写したのだが、誰にも読めない字なんだ」
わたしはその話を聞いて王宮で見た日本語を思い出した。
もしかして…。
「陛下からマオにしか読めない字を解読してもらったと聞いたから、マオならもしやと思って」
そこに書かれているのは。
「カタカナ?」
「マオ、読めるのか?」
アルの問いにわたしは頷く。
「席を外そうか?」
「いえ。シャーロット様にもこの件ではお願いしたいことがありますので」
シャーロット先生からの問いにそう答えるとアルはわたしに向き直る。
「マオ…」
わたしは頷いて手渡された紙を見る。
『クロキイズミヲ ジョウカセヨ
マジュウガ キョウダイナチカラヲ モツマエニ
クロキイズミ ナルコロ
コノチニ キュウセイシュアラワル
ワタシトオナジク ジョウカニトッカシタ キュウセイシュ
キュウセイシュヨ クロキイズミヲ ジョウカセヨ
ミサキエマ』
紙に書いてある内容をそのままをアルに伝える。
「ミサキエマ…。エマは初代の妻の名と同じ………」
「そうなの?」
アルを見ると何やら深刻な顔をする。
それって偶然の話じゃないよね。
ここに書かれているミサキエマさんがこの地の初代ジーンさんと結婚したって考えるのが普通だよね。
「この地は昔魔獣によって脅かされていた。国を挙げて討伐に乗り出し、そこで一番の功績を上げた者がこの地を治めることになった。それがこの辺境伯の始まり。初代はジーン・ウォーガン。もとは平民の出だ。そしてその彼が娶ったのがエマ。だがどの文献にもこの女性に関しての記録はなかった…」
「なるほどな。その方が救世主さまなら記録がないのも頷けるな」
アルの言葉にシャーロット先生が顎に手をやる。
「初代の妻エマは救世主様でマオと同じく浄化の力を持っていた…。そして今その時と同じように瘴気が濃くなっている」
このエマさんの言葉からすればわたしがここにきたのは必然なことだった。
瘴気が濃くなって泉が黒くなるころに救世主が現れるって。
まんまわたしだよね。
だってわたしは浄化ができる。
最初にここにきたとき確かに浄化するという言葉を聞いている。
わたしにはやるべきことがある。
それはわたしにしかできないこと……。
「わたしが黒い泉を浄化するんだね」
「マオ…っ」
アルの顔が複雑なものに変わる。
きっとアルもわかっている。
このままでは危険なことも。
魔獣が強大な力を持つことはこの領地もひいてはこの国ですら危険に冒されることになる。
そしてそうならないためにはここに書かれているように、浄化ができるわたしがその原因でもある黒い泉を浄化する必要があるのだ。
「マオ、俺はできるならそんな危険な場所にマオを行かせたくはない…っ。だが…」
「わかってるよ。アルが心配してくれていることも。でもこのままにしておけないよね」
「マオ…。魔の森は瘴気が濃く馬もその瘴気に充てられるために徒歩でしか移動ができない。魔の森の泉は徒歩では2日ほどはかかる場所にあるのだが、荷物は最低限になるため女性にはつらい行程になる…」
「それでも…。わたしにしかできないことだから行くよ。大丈夫、わたし結構どこでも寝られるし」
アルの顔がつらそうに歪められるのを見て、わたしは大丈夫だという意味を込めて笑った。
「マオは泉を浄化することだけ考えてくれ。魔獣に関しては俺たちで抑え込むから」
「うん。ありがとうアル」
「なるほど。私に頼みたいことはこちらに連れてきている魔術師団を連れて行きたいということか?」
凛としたシャーロット先生にアルが神妙に頷く。
「魔獣は今ですら力をつけています。手は多い方が助かります」
「救世主様を守るという名目があれば王都直属だが動かせるだろう。もちろん私は許可がなくとも行くつもりだがな」
「シャーロット先生、いいんですか?女性にはつらい旅だって」
「対魔獣だというのなら私も役に立てるだろう。それに私は遠征には何度も行っているから心配には及ばない。食料に関しては幸運なことにフリーズドライが完成しているしな。なんといってもマオ様の浄化がこの目で見られるのだ、行く以外の選択肢はない」
わあ、シャーロット先生が研究者の目つきになった。
狙った獲物は逃さない的な。
すごくワクワクした目になってる。
「フリーズドライとは、これのことか?これがシャーロット様が研究しておられた?」
ここにきてアルが不思議そうに机の上にキューブ型を見た。
「うん。これ見て。すごいの」
レーナが新しいカップを持ってきてくれたので、わたしは机にあるキューブを一つカップに入れ、魔法でお湯を出す。
カップの中で3センチ四方のキューブがみるみる溶け出し、ゴロゴロっと野菜が溢れるスープができる。
「え、スープ…なのか…?」
わたしはアルにすすめると困惑の表情でカップを受け取り、口につける。
その表情が驚きに変わり、わたしとシャーロット先生を交互に見るアル。
「美味い…。すごいなこれは。こんなに小さく軽いのに、これほどの満足感が得られる食べ物になるとは……。これは遠征に行く者にはありがたい」
タイミングよく出来上がったフリーズドライ。
怖くないと言えばうそになるけど、この街を守るためわたしはわたしにできることをする。
わたし、頑張って浄化します!!




