4.辺境伯での1日
柔らかな朝の陽ざし。
明るくなりつつある室内。
そして目の前にはイケメン。
「おふ」
朝一番至近距離で目の覚めるようなイケメンを見て声が漏れる。
慣れる日なんてくるのだろうか。
誰だろう美人は3日で飽きるなんて言った人。
アルと同じベッドに眠るようになって早3日。
飽きるどころかこの至近距離にはまだ慣れない。
そっと顔に触れると暖かくて彫刻や絵画でないことがわかる。
…当たり前だ。
瞼を撫でるとゆっくりと持ち上がり、輝く瞳が姿を現す。
「あ、お…おはよう…」
「おはよう、マオ」
言いながら距離を詰めわたしを抱きしめながら肩に顔をうずめるアル。
「目が覚めて一番に見る顔がマオだなんて、俺は幸せ者だな」
「な、何を言って…」
「はは、マオ真っ赤だ」
ちゅっちゅと頬にキスが絶え間なく降ってくる。
甘い!
甘すぎるよーー!!
真っ赤になりながら朝食をとり、執務室へ向かうアルを見送る。
「マオは今日は街に出るのだったな」
「あ、うん。久しぶりにね。今日から変装なしないんだよね。やっぱり驚かれるかな…」
「いや…それは…、まあ大丈夫だろう…」
今日は久しぶりの街へ行く予定だ。
ここにきて初めて変装なしで街へ出ることになっている。
通達がきて、もう街のみんなにはわたしが救世主だということもアルと婚約したことも知れ渡っている。
だがわたしとしては救世主だということを隠して街の人と接していたから街の人の態度が急に変わると寂しいなとも思っていた。
だがそんな心配を口にするわたしにアルはなぜか視線をさ迷わせる。
「ん?何?」
「ああ、いや大丈夫だ。この街の者たちはみんな大らかだからな」
「うん。そうだね。みんないい人たちだしね」
「俺も一緒に行きたかったが、仕事が立て込んでいて残念だ」
「お仕事頑張って」
「ああ、ありがとう。マオも気をつけて行っておいで」
そう言いながらわたしの額にキスをしたあと、いい笑顔を残して執務室へ入っていった。
…っ、破壊力がすごい!
・
部屋で簡素なワンピースに着替え、アルの手配した護衛の人たちと街へ出る。
「マオ様、ご婚約おめでとうございます」
「おめでとうマオ様」
「領主さまのことよろしくお願いします」
一歩街に出た時からみんなからお祝いの言葉が飛び交う。
恥ずかしいやら嬉しいやら。
でもわたしの黒い髪や救世主のことは全く話題に上がらない。
あんなに気にしていたわたしは肩透かしをくらったようだ。
やはりアルの言う通り大らかな人が多いからそういうことは気にされないということなのか。
治療院で人体のことを話しこんだり、修道院で子供たちと遊んだり学んだり。
以前と変わらず街で過ごす。
そのどこでもみんなが祝福してくれる。
アルの街の人たちは温かい人ばっかりだ。
思えば初めから新参者のわたしにも気さくに話しかけてくれていた。
わたしやっぱりこの街が好きだな。
ここに戻ってくることができて良かったと心から思う。
「お姉ちゃん!」
出店が並ぶ道を歩いていると、遠くでわたしを見て手を振ってくれる人を見る。
「ノアくん!ミラちゃん!」
懐かしい顔に自然笑みがこぼれる。
二人とも駆け寄ってわたしに抱き着く。
「久しぶりだね。元気にしてた?赤ちゃんも元気?」
「うん!あのね、おとうとね、ナオって言うの!」
興奮気味にミラちゃんが教えてくれる。
「ナオくんか。いい名前だね」
「お姉ちゃんの名前からつけたんだよ」
「そうなの?」
わたしの言葉に二人が笑いながら頷く。
「救世主様の名前だからって付けるときはお父さんが恐れ多いって言ってたけど」
ノアくんがその時を思い出すようにクスクスと笑う。
聞きながらわたしはいやいやと手を振る。
そんな大層なものじゃないよ、わたしは。
だがノアくんの言葉におや、とも思う。
「あれ?その時から知ってたの?わたしが救世主だって」
「うん。街の人もみんな知ってるんじゃないかな」
「え…!」
「でも一応かつら被っていたから内緒のことなのかなって思ってみんな見守ってたんだよ」
なんということでしょう。
ここにきて衝撃の事実。
「だっておねぇちゃん、きれいなくろい目をしているもの!」
ミラちゃんがわたしの目を覗き込む。
目、そうか目。
眼鏡をしていたと言ってもやっぱりわかるよね。
「そこらへんでかつら脱いでいるとこも結構みんな見てたよ」
「え!」
確かに暑いといって鬘を脱いで休憩してたけども!
人目は気にしていたはずなのに。
わたしははっとして後ろにいる護衛してくれている兵士さんたちを見る。
みんながみんなそっと視線を外した。
「し、知ってたんですか…?」
「あ、その…はい。申し訳ありません」
申し訳なさそうに頭を下げられる。
いや、謝られることではないんだけど…。
「も、もしかしてアルも知っているとか…?」
「マオ様のことはとくに事細かく報告せよとのことですので、街でのことは余すことなく伝達させていただいています」
余していいよ、そこは。
じゃああの時のアルの微妙な態度は、もうみんな知ってるから大丈夫だって思っていたからってこと?
バレてない自信があったのはわたしだけ…。
どうりでみんな婚約のことしか話題に出さないわけだ…。
恥ずかしさでわたしはその場で頭を抱えた。




