11.望み?ありますよ
その日の夜。
王様にエスコートされて大広間に案内された。
重厚なドアが開かれると中には…。
うん、やっぱりこうなるのね。
大勢の人が左右に分かれて跪いている。
王様とわたしはその中央を歩き、壇上に上がった。
「今回のこと、王家主催の夜会でのあの事件は王族である私の失態。それをその力をもって被害なく事態を収拾できたのはマオ殿のお陰である。友好国の者たちも今回の件は救世主様であるマオ殿の功績を称え不問としてくれた。ここにいる命を救われた者たち同様、私からも礼を言わせてくれ」
そう言って頭を下げる王様に焦るわたし。
国のトップが頭を下げたらダメなんじゃ…。
あわあわと周りを見回すも誰もが頭を下げているため誰の助けも借りられない。
「あ、あの、陛下。わたしはそんな大したことは何も…」
頭の声に従っただけであとは魔力を空っぽになるまで解放しただけだ。
「いや、夜会のことだけではなく薬のこともある。マオ殿がこの国にもたらした功績は非常に大きなものだ。議会でも全員一致でマオ殿には褒章をとの言葉だ。何か望みはないだろうか」
「の、望み…ですか」
言われてそっとあたりを見回したわたしは一つの色に目が留まる。
こんな状況でなければ駆け寄って、自ら無事をちゃんと確かめたいその人物。
こんなに大勢いる中でも一目で見つけてしまえるほど、もう何の言い訳もできないほど好きだと思える人。
望みなら、ある。
もうこれ以外の望みはない。
「では…」
わたしは壇上から降り、まっすぐにその人物に向かう。
端の方で跪いているシルバーブロンドの髪を持つ人の前に立つ。
「アル…。もう大丈夫なの…?」
声が震えてしまったが、そう声をかけると髪がさらりと流れアメジストの瞳がわたしを写した。
「命を救っていただいたこと、感謝申し上げます。体はもうすっかり元通りです」
本当に久しぶりにちゃんとアルの顔が見られた。
涙が出そうだが、ここは我慢だ。
アルの目と表情はいつものように優しい。
だけど言葉はこんな場だからか、どこか他人行儀で。
寂しさもあるけど、これは仕方ないか。
ちゃんと生きていてくれている。
それだけで十分だ。
わたしがアルに手を差し出すと、その手をそっと取って綺麗な所作で立ち上がるアル。
そんな姿にもいちいちときめいてしまう。
久しぶりに顔を見て、好きだと自覚した後でもあって、なんだかアルの姿にフィルターがかかったかのようにキラキラして見えて動悸が激しい。
「なぜ、ウォーガン辺境伯が。王都での夜会は公平を期して参加しないことになっていたはずだ」
そんな中響いたのは宰相さんの声。
王様の近くにいた宰相さんがこちらを非難するように見ていた。
「私が招待しました」
凛とした声が響く。
後ろのドアの前に立っているのはカミラ様だ。
「王妃殿下」
宰相さんが慌てて礼を取る。
「私自らウォーガン辺境伯に招待状を送りました。憧れの存在でもあり友でもあるお方の望みを叶えるために」
カミラ様が優しい顔をしてわたしを見つめてきた。
「カミラ様…」
あのお茶会の日、大丈夫だと背をさすってくれた。
あの時の言葉、そしてアルとの再会。
それは偶然でもなんでもなくて。
「ありがとうございます」
わたしは頭を下げた。
カミラ様の優しさに。
懐の大きさに。
全てに感謝しかない。
わたしは滲んだ涙を拭いてアルに向き直る。
「アル、こちらでのやり方はまだ習ってなくてわからないから。わたしのやり方でするね」
「マオ、一体なにを…」
アルは何が何だかわからないと言ったように不思議そうにわたしを見ている。
緊張で心臓がうるさいが大きく息を吸って吐く。
噛まないように大きくみんなに聞こえるようにしないと意味がない。
「アル」
言いながらわたしはアルの両手を握りこむ。
「わたしと、結婚してください!」
言った。
言ってやったよ。
わたしの一世一代のプロポーズ。
しんと静まる広間。
目の前のアルが呆けていたのは一瞬。
「あ、マオ本当に…」
「うん。わたしアルが好き。だから結婚して?」
目を見てもう一度言えば、アルの顔がとろけた。
「俺もマオを愛している。謹んでお受けします」
言いながらアルはわたしを抱きしめてきた。
わたしも思わず手を回そうとして、はたとする。
まだダメだ。
まだちゃんと望みを言っていないのだ。
なんとかアルの腕から抜け出し、わたしは王様を見た。
「わたしの望みは、アルとの結婚を祝福してほしい。わたしはアルの傍にいたいんです」
「なるほど、それがマオ殿の望みか」
「はい」
力強く頷けば、なにやらうめき声やため息などが聞こえる。
周りを見ればなぜだか蹲ったり天を仰いでいる人たちが多数いるが、しばらくするとどこからともなくパチパチと拍手があがった。
「お、お待ちください…。あそこの領地より王都で誰かと…」
「カーター卿。おまえたちのやり方では一生マオ様の心は手に入りません。誰一人としてマオ様の心に寄り添った者がおりますか?救世主様としてではなく一人の女性として接した者はおりますか?」
待ったをかけるように声をだした宰相さんの言葉を止めたのはやはりカミラ様。
周りを見渡し、そしてアルを見る。
「ウォーガン辺境伯殿はそれをしていたお方です。マオ様を敬い寄り添い人間性に触れた人物。だからこそマオ様の心を手に入れられたのです。マオ様のお国では恋人とは本音で話し合い時にはぶつかりながら愛を育んでゆかれるそうです。そんな話を誰かしたことはありますか?この王宮に来られて20日ほどですが、誰もマオ様の心に添われることはできなかった。それだけでしょう」
静まる広間ではカミラ様の声だけが響く。
ここにいる人たちみんながカミラ様の言葉に耳を傾けている。
事実を告げられてあの宰相さんでさえがっくりと肩を落としちゃってる。
「そ、それでは…救世主様の権限の一つでもある一妻多夫の制度について」
その言葉に周りにどよめきが起こり、なぜだか熱い視線がいくつか。
さっとアルに抱きかかえられたものだからその視線を確認することはできなかったが…。
「い、一妻多夫。」
わたしは先ほどの言葉を反芻する。
つまりわたしが望めば複数の夫を持てると…。
そこまで考えてアルの胸の中でぶんぶんと頭を振った。
宰相さんってばなんてこと言い出すのだ。
日本だって一夫一妻。
わたしだって一人しか好きになれないし、わたしを共有してほしくもないよ。
「いやいや、それはないです。わたしには無理です」




