10.エルム国の救世主様は薬学者でした
「エルム国、ですか」
王宮の一室にある円卓に座りながら前に座る王様の言葉を繰り返す。
円卓に座るのは私と王様。
王様の斜め後ろには宰相さんがいる。
腹ごしらえを済ませたわたしは陛下との話し合いの真っ最中。
この二日のうちでわかった、わたしを襲った女性からの尋問の結果を聞かされているところだ。
彼女の出身はエルム国。
名前はノエル・オーウラ。
エルム国の救世主様の血を受け継ぐ者で、国交を断絶している隣国からは変装をし強硬的にこの国にやってきたらしい。
エルム国といえば、アルの領地の魔の森を挟んだ隣の国。
救世主様がいたとか薬があるかもとか不確実な情報しか知らないけど、救世主様はいたってことだよね。
「魔の森を挟んだ向こうにあるのがエルム国だから、当然としてエルム国側にも魔の森がある。その魔の森の魔獣だが、ウォーガン辺境伯の報告にもあった通り異常なほど強くなっている。エルム国側の彼女の言い分ではそれは救世主様の所為だと」
「わたしの…」
「何があったかは言わなかったが、エルム国を混乱に陥れた救世主様の血族として、魔の森近くの領地に追いやられたらしい。ここ最近の魔獣の脅威に彼女のいた場所は壊滅状態。そんなとき我がスターク国に救世主様であるマオ殿が来られた。彼女はこの世界に問題が起きた時に救世主様が遣わされるのではなく、救世主様が来たからこの世界に問題が起きるのだと思っているようだ。自分をこんな目に合わせたエルム国の救世主様にも、領地を壊滅に追いやったと信じるマオ殿にも恨みを持っていた。マオ殿に関しては完全なる逆恨みだ」
日本から救世主としてこの世界に来る原理は全くわからない。
問題があるから呼ばれるのか、来たことによって問題が起きるのか…。
卵が先か鶏が先かみたいな。
正直考えても答えは出ない。
わたしとて訳も分からない状態で飛ばされてきただけなのだから。
「その彼女の所持品で気になるものがあった」
使用人の一人が銀色のトレイを手にわたしの横に立つ。
見ると年季の入った一冊の茶色い本のようなものが上に乗っている。
視線を王様に向けると無言で頷かれた。
確認していいってことだよね。
わたしはそっとそれを手に取った。
それは本ではなく手帳だった。
しかも懐かしい日本の有名なメーカーのもの。
「これ、日本の…」
「それは唯一その者が持っていたものだが、我々には解読不能の文字が書かれている。彼女は救世主様の血を引くもの。もしかしたら救世主様にしか解読できない文字やもしれぬと思い、マオ殿に確認をお願いしたく持ち出した」
わたしはすでに懐かしくもある日本語で書かれたメーカーの名前をそっと手で撫でる。
ぺらぺらと最初の数ページを捲ってみる。
そこに書かれているのはやはり日本語。
だが、人の手帳を果たして勝手に読んでもいいものか。
なんとなく気まずく思い、なるべく細かく読まないよう斜め読みをしていく。
最初は仕事のメモ書きのようだった。
スケジュールのようなものも書かれている。
さらに読み進めていくと、気になる文字が目に入った。
「日本人の君へ…?」
そこには手紙ともとれるそんな1文から始まる文字が書き連ねてあった。
『日本人の君へ
私は薬学者である。
研究室で光に包まれた私はこのエルム国にいた。
訳が分からないまま尋問をうけ、気づけば拘束され研究を無理強いされた。
器具もなく、この世界の植物の知識も何もない。
それなのに1日中部屋に閉じ込められ、見張られ、その日の報告を上げる。
そんな毎日だ。
まるで地獄のようだ。
期待なんてそんなものじゃない。
強制だ。
かかった年数は定かではないが、私はやっとの思いで薬を一つ完成させた。
この国では未だ不治の病である感染症に有効な抗生物質だ。
これで自由になれる。
解放してもらおう。
そう思っていたのに。
私に自由はなかった。
無理やり子を作らされ、外に出ることも許されない。
私はなぜこの世界にきたのだ。
救世主とはなんだ。
奴隷の間違いだろう。
もう自由になりたい。
日本でだって真面目に研究をしてきただけなのだ。
犯罪に手を染めたことは1度もない。
だが、私はこれから犯罪者になることを決めた。
偶然の産物だが毒ができてしまった。
トリカブトに匹敵する即死の毒。
解毒はない。
作るつもりもない。
私をこんなにした責任をこの国に取らせるのだ。
私という犯罪者を作ったのは紛れもなくこのエルム国なのだから。
日本人の君へ。
私は犯罪者である。
だが同郷の君にだけ授けよう。
この国が独占している抗生物質の作り方を。
これが私の遺言だと思って受け取ってくれ。』
そのあとは白紙。
その遺言書のような手紙の前には恨みつらみが書き連ねある。
この手紙が事実だとするとエルム国の救世主は飼い殺しされていたことになる。
ひどい…!
右も左もわからないあの状態では縋るものは何もない。
救世主様と呼ばれ跪かれ、みんなに優しくしてもらったわたしは恵まれていた。
でもこの人は味方一人いない中孤独に研究を続けていたんだ…。
「マオ殿、ここには何が?」
自然力が入った手で手帳を力強く握ってしまったわたしに心配げな声をかけてくれた王様。
「そ、れは…」
どこまで言うべきか悩む。
エルム国で起きた何かしらの混乱ってきっとこの毒を使ったなにか。
今日みたいなテロのような行為かもしれない。
でもそれは予想でしかない。
確実なものは何一つとしてない。
だけどもここには確実なものも書いてある。
それは希望の光。
「細菌による感染症を防ぐ薬の作り方が載っています」
この国ではまだまだ感染症で亡くなる人が多い。
抗生物質があれば救える命が格段に増える。
エルム国の救世主様が同郷であるわたしへの贈り物を素直に受け取ってもきっと許されるよね。
ちゃんと適切に使用させていただきます。
この偉大な発見が後世につながるよう。
私は手帳裏に書かれていた文字を見た。
『大浦源太』
軟膏ではあるが奇しくも似たような名前の抗生物質がある事実にわたしはあることを閃く。
「やはりエルム国には救世主様による薬があったのか」
王様が呟くと、後ろに控えていた宰相さんが若干興奮気味にわたしに詰め寄る。
「救世主様はその作り方がわかるのですか?」
「わたしには専門知識がありません。ですが作り方を書き出すことはできます」
「陛下!感染症に有効ならば一定の期間で罹患する流行病にも効くやもしれません」
宰相さんが喜色を滲ませつつ王様を見ると、王様もそれに頷く。
「マオ殿その薬の情報を教示願えるか」
「わかりました。ですがこれはエルム国の救世主様の功績。薬の名前はゲンタとし、情報は他国との共有を求めます」
わたしが思いついたのは薬の名前。
この薬はきっとこの先語り継がれる。
この人の研究が無駄にならなかったことを。
この人の孤独や頑張りを忘れないよう。
一生残るものとして薬の名前を勝手に決めさせてもらった。
「承知した。救世主マオ殿の意に沿うよう最大限努めよう」
「ありがとうございます」
今週土日は投稿お休み予定です。
また月曜日投稿できるよう頑張ります。




