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8.死なせません

長くなってしまいました・・・。

 カミラ様の元でボロ泣きして数日、今日も今日とてわたしは夜会に駆り出されています。


 ただ今までと違うのは今回は友好国との親睦会を含めた大規模な夜会。

 友好国の貴族とスターク国の高位貴族で開催されて普段より人数が多く、いつもより広い大ホールで行われている。


 わたしはと言うと王族と同じ席に着いて挨拶する陛下の横でにこにこ笑うのが仕事。

 そっと陛下を挟んだ隣を窺うと静かな笑みを湛えたカミラ様と目が合う。

 ゆっくりと頷くカミラ様にわたしもこくりと頷いて笑った。


 わたしはもう大丈夫。

 そんな思いを込めて。

 あの日すべてを出し切ったお陰で今わたしは笑えている。

 カミラ様とはあの日以来お茶会もなく会えていなかった。

 だから今ちゃんと笑えて良かった。


 アルに会いたい気持ちは今でももちろんある。

 でも会えないのなら、わたしはここでやるべきことをやる。

 王様や宰相さんに王都にはいられないってわかってもらう。

 わたしが生きる場所はアルの隣だって。

 アルとずっと一緒に生きていくのに王族の許可がいるのなら、わたしがもぎ取る。

 それくらいの強い気持ちはちゃんとある。





 挨拶ラッシュも落ち着き、顔の筋肉が笑顔から戻れない状況になりつつあったわたしは休憩がてらお料理の乗るテーブルに向かった。

 美味しそうなお料理を一通りお皿に盛りわたしは壁側に移動した。


 今回の主役は友好国の賓客の方たちなので、いつものような質問攻めにあわないで済んでいる。

 たくさんのご令嬢もいて綺麗なドレスやキラキラ輝く笑顔が眩しい。


 こうやって端から見る分には夜会って煌びやかで映画とか観ているみたいに楽しめるんだけどなあ。

 ホールの中心では色んな人たちがダンスをしている。

 この世界の常識を教えてもらう中でダンスは必須だと言われたが、アルにどうしても無理だといってダンスの勉強はなしにしてもらっていた。

 体動かすの苦手だしリズム感もないのだ。


 でも、あれも思えばわがままだったな。

 それでもアルはいつだってわたしに無理強いしたりしなかった。

 まあ、習っていたら習っていたで今この場で披露していたかもしれないと思うと習っていないと言えて良かったかもしれないが。


 

 お皿の料理を味わいながら何の気なしにホール全体を見ていたときわたしの目は、逢いたくてたまらないその人の色を映した。


「え…アル…?」


 遠くの入り口付近で見えたのはシルバーブロンドの輝き。

 別人かもしれない。

 でも…。


 一瞬目にしただけでこんなにも気持ちが溢れてしまうのか…。

 震える手でわたしは給仕をしている人に皿を手渡しその場へ向かう。

 見間違いでもいい。

 少しの可能性にでも賭けたい。


 そこにいるかもしれないと思うだけで気持ちが逸る。

 多くの人が行きかう中をすり抜け先ほど目にした場所へと急ぐ。

「…いない……」

 乱れる息もそのままにわたしは辺りを見回すもアルの姿は見当たらない。

 もう少しこの場所を探そうと後ろに足を引いたとき、

「きゃ」

 と小さな悲鳴とともに背中に軽い衝撃を感じた。


「わ、すみません。わたしよそ見していて」

 濃い茶色の髪と目をしたご令嬢だった。

 この世界の人たちは結構薄いカラーを持つ人が多いのでその色に目を引かれた。

 カラーリングをした多少色素の薄い目を持った日本人にも見える。


「救世主様ですね…」

「あ、はい。えとわたし人を探しているので…」


 そう言ってその場から離れようとした時だった。


「疫病神が…」


「え…」

 小さな声だったが確かに疫病神と言われた。

 振り向こうとしたときにわたしは肩に鋭い痛みを感じた。

 と同時にきつく強く何かに包み込まれる。


 目に入ったのは黒地の上質な布地。

 それが誰かの腕だと分かったのはそのすぐ後。

 わたしはその腕の持ち主に後ろから抱き着かれていた。

「え…!」


「マオ…っ」


 その声が。

 ふわりと香る匂いが・・・。


「あ、アル………」

 間違えるはずがない。

 会いたくて。

 でも会えなかった。


「アル!」

 振り向こうとするも突然アルの腕がだらりと落ちわたしの体にもたれるようにして床にアルの体が沈み込んだ。

「え、アル?…アル!」


 大理石に横たわるのはずっと会いたかったアル本人。

 だけど…。

「え、待って。ねえアル!どうしたの?」


「体内に入れば即死の毒…。お前にも確かに刺したのに、なんでお前は」

 ぶつぶつと呟く声がわたしの真後ろから聞こえる。

「即死…?」

 先ほどの濃い茶色の髪の令嬢が手に持っているのは注射器。


「何が救世主だ。疫病神め!」

 周りから悲鳴が上がる。

 今のわたしたちを見てのことだろう。

 だがわたしはどこか水の中にでもいるようにその喧噪すら遠くから聞こえるようだ。


 呆然とするわたしの目の前で令嬢を取り押さえるために兵士が駆けつける。

 だが令嬢はおもむろにドレスの裾を持ち上げると何本かのビンと取り出しそこら中に投げ捨てた。

 ビンの割れる音と大きな悲鳴が上がるもわたしの耳には届かない。


 のろのろとしか動けない体を叱責しながらアルの首筋に手をやる。


 脈が触れない…。


『緊急事態のため体内の毒を無効化しました』


 その電子音に先ほどの令嬢の言葉が真実だということが気づかされる。

 ガタガタと全身から震えがくる。


「うそ…うそ…。待ってアル………」

 目の前のアルの顔がにじむ。

 なんでこんなことに…。

 やっと会えたのに。

 アルを掴む手に力がこもる。


 周りは信じられない光景が広がっていた。

 苦し気な声をあげながらたくさんの人が倒れこんでいく…。

 なのに、わたしは動くこともできない。

 目の前で起きていることなのにどこか非現実的で。

 腕に抱えるアルの頭の重ささえ感じない…。




「マオ様っ!しっかりしなさい!!」


 大きな叱責と、突然の頬への鋭い刺激。

 じんじんと痛む頬を手で押さえると、目の前に知った顔が。


「シャ、シャーロット…先生…」

「あなたは解毒ができますね!」

 肩をつかみわたしを揺さぶるシャーロット先生の顔に焦点が合う。

 周りの喧噪も耳に入ってくる。

 たくさんの悲鳴とうめき声。


「残念だが、アルフレッドは手遅れだ!だが他のものはまだ助かる!」

 シャーロット様の言葉にわたしは腕に抱えるアルを見る。


 手遅れ…?


 血の気の失せた顔。

 冷たくなってきた体…。


 いやだ。

 アルがいなくなることなんて考えられない。

 わたしがずっと一緒に生きていきたいのは。

 傍にいたいと望むのは…。


「死な、せません…」

「え?」

「この先もずっと一緒に生きていきたいって言った!約束は守ってもらいます!!」


 まずは解毒…。

 そう思ったら。

『魔力を使い解毒をしますか?』

「はい!」

 電子音が言い終わる前に返事をする。

 そしてすぐさまアルの胸骨を圧迫した。

 手のひらから解毒のために魔力が流れる。

 そのままわたしは数を数えながら体重を乗せて圧迫を続けた。

 何度もやってきた心臓マッサージだ。

 リズムも体が覚えている。


「アル!帰ってきて!!ちゃんと約束守ってよ!一緒に、生きてよ・・・!」

 呼びかけながらわたしは力を入れて圧迫を続ける。

 30数えたところで、わたしはアルの気道を確保して唇を合わせた。


 アル、お願いだから…!


『魔力を直接注入して生命を復活させますか?』


 もちろんだよ…。

 涙がにじみ、ぽたりぽたりとアルの顔を濡らす。

「はい…」

 唇をつけたままわたしは返事をした。

 唇からわたしの魔力がアルに流れていく。


 ゆっくりと唇を離すとアルの頬に赤みがさした。

 首元を探るとちゃんと脈が触れる。

「…良かった」

 あとは…。


 涙を拭い、わたしは床に倒れる人々を見る。

 アルのように直接体内に毒をいれられたわけではないからみんな息はあるようだ。


 わたしは床に手を付き魔力を流した。


『魔力を使いこの場にいる者全員の解毒及び生命力を高めますか?』

 思った通りの声が聞こえる。

「はい!」


 すぐに体中の魔力がぐんぐんと手のひらから放出されていくのを感じる。

 魔法の勉強を始めてから自分の魔力がどれくらいなのか、おおよそわかるようにはなった。

 使えば使うほど魔力は上がった。

 普通は生まれた時に限界はある程度決まっているらしい。

 鍛錬すれば増えはするが、知れた程度。

 だがわたしは魔法を習いだしてから魔力の量が信じられないくらい増えているとシャーロット先生から聞いていた。

 元よりこの世界では多いわたしの魔力。

 ここの全ての人に魔力を使うくらいにはあると思う。

 空っぽになるかもしれないが、それでも今は出し惜しみをしている時ではない。


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