4.王妃様のお茶会にお呼ばれしました
王宮に着いた次の日。
わたしは朝食を終えて、わたしに宛がわれた広い部屋で何をするでもなくソファにもたれながら窓の外を眺めていた。
目の前のテーブルには湯気がたつ紅茶が置かれている。
お茶を淹れてくれたメイドさんはそのままドアの前で待機中。
落ち着かない…。
常に人の目があるというのはまだまだ慣れる気がしない。
まだ数日の話なのに他愛ない話をしてお茶を飲んでいたアルの本邸がすでに懐かしい。
「マオ様、王妃付きのメイドがマオ様にお目通りを願っております」
「あ、はい。どうぞ」
ドアで控えていたメイドさんがわたしの近くまで来てそうお伺いを立ててきた。
しばらくして入ってきたのは見たことがないメイドさん。
他の方とは少し雰囲気が異なる。
そういえば王妃様付のメイドさんとといえば結構な身分の貴族の方たちからなるものだと聞いたことがある。
なんとなく気品があり、所作も綺麗だ。
「マオ様、本日昼食後に王妃様がお茶会をご所望です。ご都合はいかがでしょうか」
昨日の今日で早速ご招待が!
だが特に用もなかったわたしに否はない。
「はい。大丈夫です。伺わせていただきます」
「ありがとうございます。それではこれで失礼いたします」
それだけ言うと無駄のない動きで部屋から出て行った。
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「本日はお招きいただきありがとうございます」
王妃様に指定された場所は緑豊かな王宮の中庭。
いやいや、庭じゃないよね。整えられた森だよね。
といったそんな場所。
これまた綺麗なバラのアーチを潜り抜けた場所に真っ白な六角形をした大き目のガセボがあった。
すでに王妃様がその場で座っていたので、わたしは近づいて昨日と同じくカーテシーをする。
「マオ様、固い挨拶はなしにしましょう。マオ様は賓客であられるのですから」
「は、はい」
顔を上げると王妃様が嬉しそうにほほ笑んでいた。
「突然のことなのに快く来てくださりありがとうございます」
「いえ、わたしも今日の夜以外に予定はありませんから。誘っていただいて嬉しいです」
朝も朝で寂しさを感じていただけにお誘いが嬉しかったのは本当だ。
「今宵はマオ様のお披露目会でしたわね。お茶会の後は準備に追われるでしょうから今だけはゆっくりできると良いのですが」
「お気遣いありがとうございます」
部屋の中だとふさぎ込みがちだっけど、バラの香りに包まれた開放的なこの場所が気持ちよくて自然と大きく息を吸った。
天気もいいしね。
そう思ったら昼食の後だというのに目の前のスイーツが美味しそうに見えてきた。
「いただきます」
「ふふ」
わたしが手を合わせると斜め向かいに座る王妃様から笑い声が漏れた。
「あ、申し訳ありません。伝承にあったので。そのいただきます、というお言葉」
「ああ。食べる前に言う言葉ですね」
日本では当たり前の言葉だったが、そういえばこちらではそんな言葉聞かないな…。
「食を与えてくれるすべての物に感謝しての言葉でしたわね。とても素晴らしい習慣だと思います」
「王妃様も伝承とか読まれてるんですね」
何気なく言った言葉だが、王妃様はその言葉にくわっと目を見開いた。
「当然ですわ。この国、いえこの世界で救世主様に憧れを頂かないものはいないのではというほど救世主様の存在は尊いものです。私も救世主様の伝承を読んでその憧れを胸にずっと抱いておりました。それがまさかその救世主様をこの目で見ることができるなんて。昨日の今日で失礼なのは承知なのに我慢しきれずこうしてお茶にも誘ってしまって!」
「いえいえ、そんな…」
若干王妃様の救世主様への熱意に引いてしまったが、救世主様を語る王妃様は年上だから失礼かもしれないけどとても可愛かった。
「はっ、私としたことが…。申し訳ありません。貴族として恥ずかしい真似を」
ばっと扇子を広げ王妃様は赤くなる顔を隠してしまった。
「大丈夫ですよ。わたしその辺の知識が疎いもので。わたしは逆に王妃様の本音が聞けて嬉しかったですし」
「マオ様の世界のお話を聞かせていただいても?」
「もちろんです」
日本という国のこと。
仕事のこと。
魔法や魔獣は無いことなど。
その度に王妃様が子供のように笑ったり興味津々で目を輝かせたり。
すごく楽しいお茶会だった。
「こんなに表情を出したのは子供の時以来ですわ。本来なら貴族として王族としてあってはならないことですが」
常に貴族として王族としての品位を損なってはいけない。
そんな風に自分を律して生きてきたんだろうなと思った。
その表情で言葉で何かを悟られることは貴族社会では命取りになると聞いたことがある。
そんな中での特に高い位に就いているのだ。
常に気の抜けない場所でずっと気を張って生きてきているのだと痛感する。
わたしには想像もつかない生活だ。
「大丈夫です。わたしが言わなければバレません」
だからわたしはあえておどけたように王妃様に笑った。
「ふふふ。マオ様はとても素敵な方ですわね。難攻不落の氷の騎士が陥落するのもわかりますわね」
「難攻不落…?氷…?」
「ウォーガン辺境伯様のことですわ」
なんだろうその異名は…。
今度アルに聞いてみよう。
困った顔をするアルが思い浮かんで自然と笑みがこぼれる。
「ふふ、マオ様今とても可愛らしいお顔をされています」
「あ、いや…そんな」
言われて赤くなってしまった顔を両手で押さえる。
「辺境伯様とは急に離れてしまうことなり申し訳ありません。それがこちらでは普通のことでもマオ様からしたらやはり寂しいですわね」
王妃様が謝ることではないのに、そう言って本当に申し訳なそうにされるから。
わたしも本音が漏れる。
「…そう、ですね。寂しいです…」
「マオ様」
「っでも!今日は楽しかったです」
これも本音だ。
少なくとも王妃様とおしゃべりしてる間は寂しさも忘れるほど楽しかった。
「またお誘いしても?」
ふっと優し気な笑みを浮かべて気遣うような王妃様に嬉しくて泣きそうになる。
「もちろんです!お願いします」
「マオ様、よろしければ私のことはカミラ、と呼んではいただけませんか」
強がって元気な声を出したこと、きっと王妃様にはバレている。
それでもそんなわたしを気遣ってくれる王妃様。
「はい!カミラ様!」
わたしはまたしても元気な声を上げた。




