3.アルとは離れ離れになってしまいました
わたしが国王陛下にお目通りが叶ったのは王宮に着いた日の夜だった。
王宮のメイドさんたちによって磨かれて服も着替えさせられて。
そして今わたしはスミス夫人から及第点を頂いたカーテシーをしている。
うん、やっぱり足がつりそうだ。
隣にアルがいてくれない心細さもあるが、とにかく粗相をしないよう細心の注意を払うしかない。
「楽にしてくれ、マオ殿」
前方から声がしてわたしはそっと頭を上げた。
前面の数段高い場所に座っている人が2名。
国王陛下と王妃様だろう。
国王陛下は確か32歳。
淡い金色の髪にグリーンの瞳。
若葉のように濃いグリーンだ。
前国王がご病気で崩御され24歳という若さで即位された方。
温厚だが恐ろしく頭がよく上位貴族の信頼も厚い。
王太子のころから国の政策によく関わっておりその手腕は反対派も黙らすほどのものとか。
とまあ全て歴史の勉強で習ったばかりの情報だけど。
そんなことを考えながらわたしはまじまじと王様を見つめてしまっていた。
王様もかなりイケメンだ。
アルが人外のような神秘的な美しさなら、王様は彫が深くワイルドなイケメンさんだ。
「マオ殿、私はスターク国国王のジークフリード・リヒトスタークだ。こっちは」
「王妃のカミラ・リヒトスタークと申します。救世主様であるマオ様にお会いでき光栄です」
王様の言葉を引き継いだのは隣に座る王妃様。
もうね、絶世の美女。
亜麻色の髪は緩く纏められ、はっきりした目鼻立ちに海のようなブルーの瞳が輝いている。
「初めまして。佐藤真緒と申します。ご挨拶が遅れまして大変申し訳ございません。」
「いや、こちらに来て早々魔獣との交戦により魔力枯渇を引き起こしたと聞いている。こちらこそもっとゆっくりと静養させるところ急かすように王都に呼ぶようなことをして申し訳ないと思っている」
王様のそんな殊勝な言葉。
王都行きを急かしていたのは別の貴族ってことかな…?
「いえとんでもございません」
「魔獣を浄化し、ウォーガン辺境伯の治療を施したとか。ウォーガン辺境伯についてはこの国の護りの要。失えばこの国にとっても大きい損失。助けてくれたこと改めて礼を言う」
「いえ、わたしは大したことは何も」
頭に響く声に従っただけなのだ。
本当なら目の前で手をぶんぶんと振って訂正したいところだが、こちらのマナーとしてそれはありえない。
スミス夫人の凍てつく視線を感じブルリと震えた。
感情を表に出さず、表情は常に微笑みを。
色んな患者さんを前に常に営業スマイルで仕事をこなしてきたのだ。
医師や看護師長からも褒められる営業スマイルを顔に張り付ける。
「謙虚で礼儀正しい。伝承にはそうも書かれているが、それも本当のことなのだな。何か困ったことがあったら何でも言ってほしい。マオ殿にはできる限りのことをさせてもらう。もとよりこの国で私と同等の権限が与えられる。その辺はそこにいる宰相から詳しく話を聞いて欲しい」
王様がそういうと左端に控えていた人が一歩前に進み出て軽く頭をさげてきた。
40代くらいでグレーの髪を後ろに撫でつけたいかにも仕事ができそうないでたちの男性。
すっと姿勢を正すとモノクルの奥の目でわたしをじっと見てくる。
嫌な感じではなくどこか観察するようなそんな思慮深い視線だ。
「わかりました」
わたしは視線をその宰相さんから王様へと移す。
すると隣の王妃様がこちらに熱い視線を送ってきていることに気づいた。
「マオ様、よろしければお茶会にご招待したいのですが」
「あ、はい。わたしでよければ是非に」
そう答えると手に持っていた扇子を広げ口元を隠す王妃様。
だがその目は嬉しそうに弓なりを描いた。
「楽しみにしております」
そんなやりとりで王様との謁見は終了。
そしてわたしは謁見した部屋からスイーツが並べられていた別室に移動した。
テーブルに並べられていたスイーツはすでに片づけられており、お茶のはいったティーカップだけが置かれている。
そして宰相さんと向かい合う形で座っている。
「私はスターク国で宰相をしておりますカーター・ヴィーグルと申します。以後お見知りおきを」
ヴィーグルというとこの国の筆頭公爵家だったか。
貴族の中でも高い身分の方だ。
歴史の勉強の復習をするように頭の中で習ったことを反芻する。
「佐藤真緒です。よろしくお願いいたします」
「早速ですが救世主様の今後なのですが、まず明日の夜に開催されるお披露目会にて上位貴族たちとお目通りをしていただきます。夜会という形になりますが救世主様はダンスの方はいかがでしょうか」
お披露目があるとは聞いていたけど、夜会…。
しかもダンス…?
「いや、あのダンスはしたことがありません」
「かしこまりました。では救世主様は王宮ホールの中2階から登場していただきそのまま国王陛下の隣にお席をご用意しておりますので挨拶等していただければと思います。そして次の日のお昼頃には城門上部より王都の民たちへのお披露目を予定しています」
そういう習わしとは言え、見世物のようで緊張する自信しかない。
こういう時こそわたしはアルにいて欲しいけど…。
「あの、すみません。アル…、ウォーガン辺境伯はどちらにいますか?」
今日ずっと気になっていたことだ。
さすがに謁見で王様に聞くわけにはいかないと思っていたが今なら…。
「ウォーガン辺境伯は王都にあるタウンハウスに滞在するとのことで謁見の後そちらに向かわれました」
「え?」
わたしは何かに頭を殴られたような衝撃を受けた。
もう王宮にすらいない…?
「あの、会いに行きたいんですが」
アルとは何も話さないまま離れたことになる。
アルに限って、わたしに何も言わないままなんて。
「救世主様、申し訳ございません。未婚女性が婚約者以外の異性の家に行くことはこちらでは常識を逸脱した行為です」
「そんな…」
「救世主様はまだこちらに来て日が浅いので知らないことも多々あると思います。本来ならば今までのように未婚同士が同じ屋根の下にいることも見過ごせないことでもあります。救世主様といえばこの国、いえこの世界で宝となる方。ゆくゆくはしかるべき身分の方と婚姻をしていただきたく思っております故、今回のウォーガン辺境伯の行動には国王陛下より苦言を呈するよう進言させていただきました」
モノクルの奥の目が鋭く光る。
アルの言った通りに婚姻の話が出てきた。
でもしかるべき身分って何。
そこにわたしの気持ちは?
はっきりした言葉は使ってないけど、アルと一つ屋根の下で暮らしたことでしかるべき身分の人との婚姻に何か問題が起きるかのような言い回し。
明らかにアルのことを非難するかのような物言いだ。
アルはわたしを保護して暮らしやすいようにしてくれていただけなのに。
気持ちは伝えてくれたけど、わたしとアルとの間には何もない。
だけどこれがこの世界での常識だなんて言われたらわたしにはそれ以上何も言えなかった。




