12.結婚なんて考えたこともありません
「王都、に。行く。わたしが」
そのことについて考えてこなかった自分にびっくりしてカタコトになってしまった。
そ、そうだよね。
わたし国に養われているのに、その一番の権力者である王様には挨拶すらしていない。
「挨拶すらまともにしてなくて、不敬罪とかならないかな…」
「挨拶が遅れたことは大丈夫だ。マオはこちらに来た時のショックと魔力枯渇で休息を取っていることにしているから。…それよりも、おそらく王都ではマオに縁談の話が出てくる」
「えん…だん……。って、え!縁談っ!!」
いきなりの単語に声がひっくり返る。
いや、わたしまだ23だよ。
いやでもここではもう遅いくらいなのか?
王族や主要貴族の名前を学んだとき年齢も出ていたが、確かみんな若いうちから結婚して子を儲けていたことを思い出す。
「今はまだマオのことはかん口令が敷かれている。いたずらに知られれば混乱を招くだろうし、そうなればマオに危険が及ぶ可能性もある。まずは王都に行って、正式にお披露目をする習わしなんだ。だがその後はなんとかマオを王都に留めようと王宮の連中は動き出す。縁談はそのための一番有効な手段だ」
「なんで、王都に…」
この国から出れば損失になる、とかいう話ではなかったか。
なら場所はどこでもいいじゃないか。
「王都の王宮に留めることが、マオの為だと思われている。王宮なら王族と同等の暮らしが与えられるし、こことは違い魔獣の影響もない。護りも確かだから安全だとも考えられている」
いい暮らしと安全を保障するということか。
だけどもできるならわたしはここにいたい。
アルのこの本邸の居心地が良くてそんなことを思ってしまう。
使用人のみんなはいい人たちばっかりだし、わたしに優しくしてくれる。
わたし好みのご飯を作ってくれる料理人さんや、キレイな花を飾ってくれる庭師の人。
レーナや身の回りのお世話をしてくれる人たちだってわたしが過ごすやすいようにといろいろ考えてくれて。
働いていずれはここを出ようと最初は思っていたのに。
いつの間にかそんなこと考えることもなくなっていた。
この街の人たちだってみんないい人だ。
治療院の人たちはみんな勉強熱心でわたしの話を真剣に聞いてくれる。
わたしが救世主だということも言っていないのに、そんなどこの誰ともわからない私の話を。
教会の子どもたちだってすごく好奇心旺盛で教えたことはぐんぐん吸収している。
学ぶことに貪欲なんだと思った。
子どもたちに知識がつけば、この街だってもっとよくなる。
そうすればアルの役に立てるんじゃないかとも思った。
「マオ」
気づけばアルがソファに座るわたしの前で片膝をついてわたしの手を取っていた。
アメジストの瞳が真剣な色を湛えている。
「俺はマオのことが好きだ。この先もずっとマオと共に生きていきたい」
「え…」
突然のアルの告白に脳みそがフリーズする。
え…っと、それって…。
「マオを愛している。婚姻の相手として俺のことも考えて欲しい」
「あ、愛…」
言われたこともない熱烈な言葉に驚きで掠れた声しか出てこない。
いや確かにアルはことあるごとにわたしのことを可愛いと言ってくれていたから、好意は持ってくれているんだとは思っていたけど。
アルのことは好きだ。
ここにいたいと思うほどその存在は大きい。
だけど、今までちゃんと恋愛をしてこなかったツケがきている。
この異世界に来て初めて優しく接してくれたのがアルだったから?
右も左もわからないわたしを支えてくれたから?
弱っていた心にただ寄り添ってくれたから?
好きなことは確かなのにそれが恋愛かどうかがわたしに判断がつかない。
「貴族の婚姻には王族の許可が必要だが、マオが王都にも行っていない現状では俺には許可は下りないだろう。王都ではマオと知り合いたいという者も婚姻を申し込む貴族もたくさんいると思う。その時に俺のことも選択肢の一つとして考えてくれないか。俺は貴族でも辺境伯で魔獣が出る魔の森を含む危険な地を統治している。だけどもしマオがここで暮らしてもいいと言ってくれるなら、俺が全力でマオを護ると誓う」
あくまでも他の人との出会いをしてからわたしの返事を聞くというアル。
だけどもわたしは今まで結婚なんて考えたこともなかった。
恋愛とは無縁でずっと働いてきたのだから。
わたしなんかにそんなに申し込みがあるのか、なんて疑問もあるけどちゃんと考えないといけないと思った。
とりあえず王都行きは決定のようだし、貴族との顔合わせもあるようだ。
その中にわたしの旦那さんになる人が・・・。
自分のことなのにどこか他人事のようにしか感じられない。
わたしが考える結婚は好きな人ができて付き合って、この人とならこの先も尊重し合いながら生きていけると思えたらするものだと思っていた。
文化も何もかも違う異世界。
そんな現実を突きつけられたような気がした。
「わ、わかった…。あの、ありがとうアル…」
震える声でわたしはそう言うのが精一杯だった。




