11.王宮からの要請 sideアルフレッド
「国王陛下直々の手紙だ。」
ジェイドがそう言いながら机の上に置いた手紙をちらりと見る。
封蠟には陛下のものだという証明の印璽が押されてある。
封を開け中身を確認するも、思っていた内容で内心ため息をつく。
マオを本邸に招いてから1か月が過ぎた。
「もうこれ以上は伸ばせない、か。」
おそらく次は王命が下るだろう。
この手紙はその前段階の要請。
1週間後くらい、か…。
王命となればこちらに拒否権はない。
「魔力枯渇で休養中、ってのを理由に今まで引き延ばしてきたからな。やっぱり内容はマオちゃんの引き渡し?」
ジェイドの言葉に頷いた。
マオがこの世界に来てすぐに王宮へ使者を出した。
救世主様が現れた時はどんな理由があれ、すぐ通達しなければならない。
当のマオは寝ていたのだから当然「現れた」ということしか伝えなかった。
それからの王宮からの催促がひどい。
この国の習わしとしては大々的に救世主様のお披露目をすることになっている。
混乱を防ぐためそれまで救世主様のことはかん口令が敷かれる。
この街でも本邸の者にしかマオが救世主様だと伝えてはいない。
だからこそまずは王都に行くのはわかる。
だが、王宮の中枢の連中は日を開けずにすぐに王宮へお連れしろだの、やれ王族との婚姻だの。
名も年齢もわからないというのに勝手なものだ。
救世主様に対してはどの国もいろんな権限を与えている。
それは救世主様を他国に奪われないためというのが実質的な理由だ。
言葉は悪いが、多くの権限を与えることによってその国に縛り付けるのだ。
国の最高権力者である王族との婚姻もしかりだ。
婚姻が一番その国にとどめて置ける理由になるから。
マオが目を覚まし、あらかたのマオの状況を伝えると今度は有力な貴族との婚姻の話を出してきた。
この国の国王陛下は32歳で、王太子殿下が9歳。第2皇子が6歳、王女が4歳だったか。
マオの婚姻相手としてふさわしい年齢の王子がいなかったからだ。
それは俺にとっては幸運だったが。
王族相手ではかなり分が悪い。
国王陛下の側室と言う話も出たかもしれない。
ともかく魔力が多く異世界の知識を懐にいれたい王宮の重鎮が考えそうなことだ。
だが、王族と同等の権利を与えられるマオを側室などという馬鹿なことを表立って言う奴はいない。
となれば今の王妃を側室にしてマオを正妃に、という声が出るのも考えられるが、これも可能性は低い。
今の陛下と王妃は恋愛結婚で陛下は王妃以外側室を持たないと宣言しているほどだ。
そんな陛下が王妃を側室になどするはずがない。
だからこそ、有力貴族との婚姻。
落としどころはそこだ。
王都に行ってお披露目が終われば、マオはきっと何日にもわたって夜会という名の婚姻相手との顔合わせが行われるだろう。
マオが魔力枯渇で寝込んでいたのは事実だ。
だが魔力が回復してからも俺は王都へ連れて行くことは渋った。
たった一人でこの世界に来て、少しでも心穏やかに過ごしてほしいと思った。
そう思っていたのも事実…。
だがそれ以上に。
「お前も申し込んだらどうだ?マオちゃんとの婚姻。許可が下りるかどうかわからんが、お前もこの国では重要な貴族だし」
俺の気持ちを見透かしたようなジェイドの言葉。
実際この幼馴染には俺の気持ちは露見しているのだろう。
口に出したことはないが、態度に出ているという自覚はある。
ここの使用人からも何やら応援されているし。
気づいていないのはマオ本人だけ、か。
初めて会った時から心惹かれていた。
一緒に時を過ごすうちにどんどん大きくなる想い。
可愛すぎるマオ。
小さな体も、ふわふわの髪も好奇心いっぱいに輝く瞳も。
どこまでも優しくて、ちゃんと前をむいていける強さと気高さ。
嘘のない明るい笑顔。
マオが来てからこの本邸が色鮮やかになった。
花が増えたとかそういった視覚的なものだけでなく。
使用人たちの表情や邸の雰囲気が、すべて明るく彩られている。
そう、俺はマオが他の者と婚姻するなど到底耐えられないと。
そんな俺の勝手な独占欲から今まで王都行きを伸ばしてきていたのだ。
街へ行った日にマオが治療院を見学したいと言った時、俺はこの屋敷にマオを閉じ込めておきたいという思いにも駆られた。
ずっと俺の傍に留めておきたかったのだ。
マオは俺なんかが独占していい存在じゃない。
それはわかっている。
いろんな人と出会って人と関わっていきたいと言っていたマオ。
それを応援したい気持ちと、ここにいてほしいという気持ちに矛盾が生じている。
王都に行けばそれこそこことは比べ物にならないほどの人がいる。
その者たちとの出会いを俺が阻む権利はないのだ。
マオにつけた様々な分野の家庭教師。
その誰もが口をそろえて言う。
『マオ様は優秀だ。』と。
まさかあのマナーの鬼といわれるスミス夫人までマオには及第点をつけるとは。
幼いころのスミス夫人を思い出しては遠い目になる。
俺もかなりしごかれたな…。
新しい知識が増えるのは楽しいと言っていたマオ。
勉強のない日はちょくちょく街へ行っているようだ。
治療院で色々学んだり、逆に自分の持っている知識を惜しむことなく広めたり。
護衛につけている兵士にはとにかくマオについては詳細に報告をしろと伝達している。
マオに関しては全ての事項が最重要課題だからな。
マオは治療院だけでなく教会などへ行っては子供たちに勉強を教えることもしているようだ。
何かをしていないと落ち着かないと言っていたが、本当に忙しくしている方が楽しそうでこちらとしては驚きの連続だ。
今のマオが一番生き生きとしている。
ゆっくりと静養してもらって、この邸で何不自由なく暮らしてもらってマオにとって居心地のいい場所にしようと思っていたのに。
まさかこれほど忙しくしているほうが楽しそうだなんて。
マオに関しては1か月経った今でも新発見の連続だ。
王都へ行くことは必須。
縁談の話も必ず出てくる。
だとしたら俺も俺のできることをする。
貴族間同士のよくある政略結婚でいいと、婚姻したのならちゃんと大事にしようとそう考えていたのに。
俺はもうマオしか考えられないのだから。
マオと婚姻できないのなら遠縁の子を養子として跡取りとしようとまで考えている。
まさか自分がここまで誰かを強く想うことができるだなんて想像もしていなかった。
恋愛結婚だった父と母。
仲睦まじかった夫婦。
俺はそんな二人をどこかで羨んでいたのだ。
互いに唯一無二の存在になれることが。
マオを好きになってそれが分かった。
俺にとってマオは特別でただ一人の存在として愛している。
そしてマオからもただ一人として愛されたいと願っているのだ。




