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10.この世界でわたしにできること

「マオ…!」

 部屋から出るとアルが駆け寄ってきた。

「あ、アル…ごめんね、わたしまた後先考えず…。せっかくの休みだったのに」

 窓をみると、もうすでにあたりは暗い。

 アルのせっかくのお休みなのに、こんな時間までアルを付き合わせてしまった・・・。

 看護師だった時の癖なのか、ついつい放っておけなかった。

 それにアルを付き合わせてしまったことは本当に申し訳がない。


「いや、そんなこと気にしなくていい。それよりも無事に生まれて良かった」

 そんな優しい言葉を掛けられたらよけいに身に染みる…。


「アルフレッド様、マオ様、この度はうちの女房と子供のことを助けてくださりありがとうございました。このご恩は決して…」

 ミラちゃんを抱っこしている男性が深々と頭を下げていた。

 左手にはノアくんの手が握られている。

 その様子からしてこの家の旦那さんだろう。

 慣れないお産のお手伝いにいっぱいいっぱいになっていたから、旦那さんが帰ってきたことにも気づかなかった。


「いや俺は何もしていない」

 そうアルが言うと旦那さんは今度は私に向かって頭を下げてきた。

「見ず知らずのうちの子のために来ていただいたと聞いています。ありがとうございました!」

「いやいやいや!わたしも大したことできなかったので!それよりも赤ちゃんとエマさんに会ってあげてください。元気な男の子でしたよ」

 わたしは顔の前で手を振った。

 本当にわたしがしたことなんて微々たるもんだ。

 だが、そんなわたしの言葉にも旦那さんは深く頭をさげたまま。

 さらにはミラちゃんやノアくんにまで、

「ありがとうございました」

「お姉ちゃんありがとう!ご当主様もありがとうございました」

とお礼を言われてしまった。


 みんなからのお礼は嬉しいが、お産で頑張るのはいつだって母子なのだ。

 自然分娩ではそれが顕著に出る。

 何かあっても何もできないことが多い。

 それが自然分娩の難しさだ。







 あのあと、ノアくんたち家族からのお礼を、の言葉を丁重にお断りしてから家を出た。

 一緒に家を出たマーサさんたちともすぐに別れ、真っ暗な道をアルと並んで歩く。


「出産とは命がけなのだな。情けないことに男は無力だな…。俺は何もできなかった」

 道すがらアルがため息をつきながら言う。

 だが、それはわたしも同じだ。

「わたしも一緒だよ。ちょっとした手助けしかできなかったよ」


 お産で命を落とすことは珍しくもなかった昔。

 それから医療は発展して今の日本では出産が危険というイメージはあまりなくなった。

 そこに不可欠なのはやはり医師と薬の存在。

 あとは設備か…。


「アル、こっちにも薬ってあるんだよね?」

「薬草が主だが…。だが隣国ではかなり良い薬があると聞いたことがある。隣国はあまり他国へ公開はしていないが、どうやら救世主様の功績で薬ができたという噂もある」

「救世主様…」

「うちの領土の魔の森を隔てた隣国になるのだが」

 そちらの隣国と言うと…。


「あ、エルム国?確かほかの国とは国交を断絶しているっていう」

 地理で習ったことをアルに言うと笑いながらコクリと頷いた。

「マオはよく勉強しているな。そうそのエルム国だが、最近は少しずつ関係改善がされてきてはいるのだが、まだまだ謎の多い国だ。救世主様のことも薬のことも噂くらいしか流れてこない」


 一看護師であったわたしに薬を作るといった高度な知識はない。

 もし救世主様が薬を作ったと言うなら薬学の専門知識を持った人とかかな…。

 もし薬がこの世界に広がればそれは医療の発展につながる。

 でも、その国はそれを独占している…?


 まあでも今ないものは仕方ない。

 それよりもわたしにできることをしよう!


「アル、わたしこの街のこともっと色々知りたい。病院とかあるの?病気やケガを治したりする場所なんだけど」

 気合新たにアルに向き直る。

 わたしにできるのはやっぱり医療に携わること。

 高度なことはできないけど、治療師に必要だと言う人体のことなら勉強してきた。

 まずは知るためにこの街の医療の現場を見てみたいと思ったのだ。


「治療院なら街にいくつかある」

「一度見学してみたい。ダメかな?」

 ついつい前のめりにアルに詰め寄ってしまったが、アルはそんなわたしをなぜか寂しそうに目を細めて見つめてきた。


「アル………?」

 なんだかその様子に心配になり声をかけるも、アルはふっと視線をはずしたあと普段と変わらない表情で頭を緩くふった。

「いや、なんでもない。分かった手配しよう。今日のように変装することと、少々窮屈だろうが護衛を付けないといけないがそれでもいいか?本当は俺が一緒に行けたらいいのだが」

「ううん。アルも忙しいもん。護衛お願いするね。ありがとう」


 ふとアルの手がわたしの頬にかかる。

「もう少しマオを留めおきたかったが…」

 切なげに細められる目。

 紫の目がキラキラと揺らめいて、月の明かりだけだからか少し暗く光っている。


「え・・・?」

 どういう意味だろうと聞き返すも、アルは緩く頭を振るだけだった。

「いや、何でもない。さあ帰ろう」

「うん」

 何でもないとは言いつつ、アルはなんだかやけに寂しそうに見えた。


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