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9.お産は命がけなんです

「お姉ちゃん、これ布いろいろ持ってきた。洗ったばかりだからきれいだと思う」

 あれからすぐに店じまいを手伝って、兄妹の家にやってきた。

 店番をしていた男の子がわたしが言った通りに清潔な布を何枚か手に持っている。


「ありがとう!えっと…」

 そういえば名前もまだ聞いていなかったことに今さらながら気づく。

「ぼくノア」

「ありがとうノアくん。あと、近所の人たちに助けてもらうって言ってたよね。声をかけてもらえる?」

「わかった」


 ノアくんが家から出たのを見て、わたしは玄関入ってすぐの部屋で所在なげにしているアルを見た。

「アル!お湯がいるの沸騰したお湯」

「わ、わかった」

「わたし、おゆわかせるよ!」

「よし、じゃあミラちゃんとアルにはお湯をお願いするね。あとはわたしがいいって言うまで入ってきたらダメだよ」

 わたしはノアくんたちのお母さんのいる部屋へ入り鍵を閉めた。


 そっとベッドの上の女性の様子をうかがう。

 家に着いたとき、リビングで倒れていたノアくんたちのお母さんは破水をしてしまっていた。

 なんとかベッドに運んだものの顔色は悪く、息も浅い。

 予定より早い破水と突然の腹痛に対応できていなかったのだろう。

 何人産んでいてもそれぞれお産の状況は変わるものだ。

 もうすでに子宮の収縮が始まっているのだろう。

 意識は朦朧として脂汗をかいている。

 お腹に手を当てゆっくりと魔力を流す。

 痛みが少しでもましになるように。

 お母さんがお産だけに集中できるように。


 ふっとお母さんの力が抜け、呼吸が安定するのを感じてわたしは魔力を流すのをやめた。

 じっと見つめると女性はゆっくりと目を開けた。

「聞こえますか?わたしはお産のお手伝いに来たものです。お名前言えますか?」

 ほっとして、わたしはゆっくりと話しかける。

「エ、エマと言います。お世話をおかけ…します」

「エマさん、大丈夫ですよ。ちょっとせっかちな赤ちゃんかもしれませんが、元気に動いていますからね~」

 努めて明るい声を出す。

 周りにいるものが不安がるのが一番よくない。

 一番不安なのはエマさんなのだ。


 わたしの言葉にふっと表情を和らげるエマさん。

 エマさんのお腹に置いた手に集中してみる。

 聴診器のように。

 命の存在を確認するように。


 小さな魔力が感じられる。

 エマさんとは違う魔力だ。

 それは確かにそこにいると力強く存在を示す証。


 魔力感知は魔法の勉強をしていて身についたもの。

 自分の魔力がわかるようになったとともに、他の人の魔力も感知できるようになった。

 これは高度な魔法を操れる者であれば誰でもできることらしい。


「1月早いなんて…、ほんとせ……かち…。誰に似たの…かしら」

 苦し気に話すエマさんだが、顔色はだいぶ良くなっている。

 1月早いのは気になるが、破水までしてしまっているのだ。

 このまま出産までいくしかない。

 わたしは数回ほどしか出産に立ち会ったことはないが、それでもやるしかないのだ。


「ふっ…ん!」

「頑張りましょう!エマさん。まだいきまないで。落ち着いてゆっくり息を吐き出して・・・」

 習ったことを必死で頭で思い出しながら声をかける。


「ふ………ふっ…」

「上手ですよ、赤ちゃんもまだまだ元気いっぱいですからね。すぐにエマさんの元に元気な顔見せてくれますからね」

 そのとき、コンコンというドアのノックが。


「隣のマーサというもんだけども。エマが産気づいたって聞いて飛んできたよー」

 わたしは慌てて鍵を開けてその人を招き入れた。

 良かった。よく知る人が来てくれた。

 エマさんも初めましてのわたしだけよりよっぽど心強いだろう。

 マーサさんと名乗る人以外にもあと2人の人がいた。

 みんな近所の人でそれぞれがお産のときにお手伝いをしていた人だと教えてくれた。

「ミラにお湯を指示したのはお嬢ちゃんだろう?若いのに手際がいいね。この布も?」

「それはノアくんに頼んで…」

「ありがとうね。見ず知らずの者なのにここまでしてくれて」

「いえ、わたしも数回ですがお産に立ち会ったことがあったのでできることがあれば、と必死でした…」


「よし!じゃあ始めるよ。エマ!ちゃっちゃと終わらすよ。3人目なんだスコーンっと生まれるさっ!」

 マーサさんの明るい声にこの部屋の空気も和らいだ。









「頭が出てきたよっ!もう少しだ」

「そら!生まれたよエマ!」


 わっとその場にいたみんなから歓声が上がる。

 マーサさんの腕に抱かれる子は小さい。

 それでもちゃんと生まれてきた命だ。

 お母さんとともに頑張ってきた命。


 だが…。

 泣かない………。


「こら、せっかく生まれたんだ。息をするんだ!泣くんだよ。ホラ!」

 マーサさんが小さなお尻をたたくも鳴き声は出ない。

 これはダメだ。

「すみません失礼します!」

 わたしはその子を抱きかかえると顔に向けて手のひらを当てる。

「あんた、何をして…。」

 すっと魔力を流す。

 鼻と口の間に詰まっているものを感じてとにかくそれを除去するように。

 小さな小さな気道だ。

 細いカテーテルでそれを吸い出すように。

 水の魔法の応用だ。


 頑張って!

 生きて!


 目に見えて小さな鼻から液体が出てくる。

「ぇ…うえ…ん……。」

「泣いた!!」


 この小さな体は本来ならば保育器に入れられるほどの大きさだろうが、きっとここにはそんなものないだろう。

 わたしはまたしてもゆっくりと魔力を流し、強く生きてくれますように、と願いを込めた。

 わたしの頭に聞こえるのは機械音。


『魔力を消費し生命力を高めますか?』


 その問いに力強く返事をした。


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