5.やっぱり魔法ってすごい
流石というべきか、アルは仕事が早かった。
昨日頼んだ教師の件だが、なんと2日後には来てくれると言う。
アルが頼んでくれた先生は5人。
マナーの先生、歴史の先生、算術の先生、地理の先生、最後に魔法の先生だ。
最初アルは1日1時間ほどでそれぞれの先生を日替わりでって言ってたけど、いやそれだと全部教わるのにどれだけかかるの?と思ってしまった。
先生に無理のない程度でできるだけ詰め込んで欲しいと言ったときのアルの顔が忘れられない。
「マオ…無理することない。何も知らなくてもマオが困るようなことはない」
いやアルってばどれだけわたしに過保護なの…。
結局時間や日数などは、わたしがどれだけできるかもあるので勉強をしつつ先生とも相談して決めていくことになった。
そして今日は勉強初日。
まずはマナーのレッスンだ。
先生はスミス夫人と言って、昔はアルにもマナーを教えていたらしい。
グレーの髪を頭の上で団子にしているので目元があがりきつい印象をもつが、その目は濃いブルーで優し気な光を湛えている。
この領地より王都側の隣の街に住んでいて、今日のためにこちらに来てくださったのだ。
「あの、急なお話なのに受けて下さりありがとうございます」
「ふふふ、あのアルフレッド坊ちゃんの頼みですし、なにより救世主様に手ほどきをさせていただくのは大変な名誉でもあります」
おお、あのアルが坊ちゃん!
なんだか幼いアルを想像してしまった。
きっと想像以上に可愛かっただろう。
あの容姿だ。
幼いころは天使か妖精か…。
想いを馳せたわたしに、すっと姿勢を正したスミス夫人がその目を細める。
「ただし、私の指導は厳しいですよ」
「ビシバシお願いします」
マナーといえば幼いころから覚えるもの。
23年できっと変な癖もあるだろう。
厳しくしてもらわないと癖はなかなかに抜けないものだ。
ふんっと拳を握り締める。
それから歴史、算術(なんと算術にいたってはわたしはこの国では相当高度な知識があったということで免除となった)、地理をそれぞれの先生に教えてもらった。
結果、わたしはマナーと歴史に一番時間を割いたほうがいいと言うことになった。
そして勉強を始めて5日後、一番楽しみにしていた魔法の授業の時間がやってきた。
魔法の先生は王都から来られるということで、一番遅くに始まった。
王都からここまでは馬車で5日ほどかかるらしいのだ。
「魔法に一番大事なのはイメージ。魔法で出すものをどれだけ具体的に想像できるか」
なるほどなるほど、イメージか。
魔法の先生はシャーロット先生と言って、赤い豊かな髪が腰まである妖艶な方。
30歳を超えているそうだが、まったくそうは見えない。
スタイルもいいし、惚れ惚れしてしまうほどの迫力のある美人さんなのだ。
魔法は火・水・土・風・氷の5属性あり、魔力があればどの属性の魔法も使えるらしい。
この世界は全員が多かれ少なかれ魔力を持っているので魔法が使えるのが当たり前らしい。
魔力の多さについては平民よりも貴族、さらに上位貴族のほうが多い傾向があるそうだ。
これは歴史でも習ったことだが、魔力を多く持つ子を為すため上位貴族ほど婚姻は魔力量によって決めたりするらしい。
たまに平民でも魔力が多い子が生まれると貴族の養子にしたり、子を儲けるために愛妾にしたりしてその魔力の多さをずっと引き継いできたようだ。
魔力が多ければ使える魔法の種類も多く、威力も大きくなるらしい。
5属性の魔法の中でも得意不得意がでるのはイメージのしやすさでその差が出るようだ。
ちなみにシャーロット先生は目も髪と同じ赤で、その所為か火にとても親近感があり得意なのだと言っていた。
「初級魔法全集という本には呪文が載っていたのですが」
書庫から借りてすでに読んでしまった本を思い出す。
「言葉にすることによってイメージは具現化しやすい。なので初級の本には呪文が載っているものが多い。けれど本来呪文は必要ではなく、大事なのはイメージからの具現化。中級上級の魔法を使うとき呪文など使わない。マオ様もイメージが上手くできないのなら最初は呪文を使うことをお勧めしますよ」
「いえ!一度やってみます」
呪文使わないで済んだことに心の中でほっと息をつく。
なぜならその呪文、かなり恥ずかしいものなのだ。
温かく照らし出す炎よこの指に灯れ、とかわが命の源である水よ今この手に湧き出よ、みたいな。
決まった文句はなくいろいろ書いてあったが、そのどれもが恥ずかしい文言だった。
「では火から始めましょう。最初は蠟燭に灯るような小さな火を。人差し指を蝋燭に見立てて、ゆっくり魔力を流して。小さな火でいいので魔力は少な目で」
蝋燭か。
誕生日ケーキやお焼香のときのやつだね。
…よし。
暖かなオレンジの炎。
青くなると高温でオレンジの火は低温だったな。
だったらそれほど熱くないな。
ろうそくの火をゆっくり思い出しつつ、人差し指から炎が出るイメージを膨らませる。
ほわっと突き立てた右の人差し指が温かくなる。
「で、で、できた!できました先生!!」
人差し指にゆらゆら揺れる炎はわたしのイメージした通りのものだった。
「素晴らしい!その調子で氷や水も挑戦してみようか?」
「ハイ!」
魔法とは無縁の国からきたのだ。
子どものころとか絶対一度は夢見ている。
魔法使いになりたいと。
テンションが上がりまくりだ。
「シャーロット先生、こちらでの治癒とはどういう魔法ですか?」
あれから氷や水、さらには風を起こしたところで休憩に入った。
あのままだと楽しすぎていつまででもやってそうだったが、わたしはこの国に来たばかりで魔力消費がどれほどかわからないためこまめな休憩は必要だとシャーロット先生に止められた。
慣れてくると自分の中の魔力量がわかってくるらしい。
わたしはその感覚がまだないため、この前のような魔力枯渇が起きたみたいだ。
普通はみんなその感覚を持っているため、自分の魔力量が少なくなれば自然に使用をセーブするものらしい。
「治癒とは主に水属性の魔法になる。だが治癒を扱うことは普通の魔法を扱うこととは別物に考えられている。いわゆる治癒魔法とは人の持つ治癒能力に働きかけることで治癒を促す。魔法にはイメージが大事なので、治癒に関しては人体の構造に詳しくなくてはならない。なのでそれ専門の知識を勉強して試験に受かって初めて治癒が扱える治癒士となれる」
「なるほど…」
人体の50~60パーセントは水分だし、その何らかの力を促進させて治癒を施すってことかな。
「聞いたところ、マオ様は治癒に関しては専門的な知識をお持ちだと。アルフレッドの傷を見ましたが、あれはわたしでも見たことがない技術でした。あと、マオ様が使った瘴気を払う、といった魔法はどの魔法にも属さないので、もしかしたら救世主様だけの特別な魔法なのかもしれない。機会があればせひとも見てみたいです」
ふふふ、と笑いながらもこちらに寄せる視線は鋭い。
あれだな。
シャーロット先生は根っからの研究者気質。
魔法のこととなると熱が入っている。
頭の中で鳴る機械音。
5属性の魔法を使うときは一切その声は聞こえない。
もしかすると、救世主の力を使うときだけ発動されるのかも…。
魔力を使って細胞を再生させるとか、瘴気を払うときも魔力を使ってたし。
「マオ様とは同じ屋根の下にいるので、これからはいろいろな話を聞きたいものですね」
そうなのだ。
シャーロット先生は王都に住んでいたのだが、今回魔法の授業のためにこちらに出てきてもらっている。
こちらでの住まいはアルのこの本邸。
お昼やお茶などに付き合ってくれるのですごく嬉しい。
さらには、これからは毎日のように魔法を教えてくれるというので大変ありがたい。
「わたしもいろいろお話聞かせてください」