2.本邸の皆様から厚いおもてなし頂きました
「あ、アル…、歩けるから、お、降ろして…」
「これが、こちらのやり方だからマオは遠慮しなくていい」
ふっと嬉しそうに笑うアルにわたしは首を傾げる。
こちらのやり方、って言った?
これが?
このお姫様抱っこが…?
「そ、そうなの…?」
カルチャーショックとはこのことだろう。
なんとこちらでは馬車から降りるときはお姫様抱っこ。
なんという恥ずかしい文化なのか。
馬車に乗るたび、わたしは悶絶しそうだ。
だがそこでわたしは、はたと考えた。
あれ…?
馬車って絶対男女が乗っているもん…?
女性同士でも乗るんじゃ……?
頭にハテナが浮かんだところで、わたしの体が揺れる。
いや正確にはわたしを抱くアルの体が揺れていたのだ。
「っふ、ふふ」
「アル~~?」
堪えきれず笑うアルをわたしは真っ赤になりながら睨む。
「ひどっ!嘘言ったのね!」
グイっとアルの胸を押しじたばたと暴れるも、鍛え上げられたアルの体はびくともしない。
「ごめん、降ろしたくなくて」
そのまま方向を転換し立派なお屋敷、というかもはや城へと体を向けた。
そこにいたのは何人もの人。
「あ・・・」
燕尾服に身を包んだ執事さんっぽい人を筆頭に、ふんわりした黒のドレスに白のエプロンを身に着けたメイドさんっぽい人がずらりと並び、みんながみんな目と口を大きく開けていた。
驚きを隠せないといった表情だろうか。
それはそうだろう。
知らなかったとはいえ、あんな訳の分からないやりとりを見せ付けていたのだ。
「あ、あの、はじめまして」
恥ずかしさからつい声が小さくなる。
わたしのその声にはっとしたように立ち直ったのは一番前にいた執事さんっぽい人。
50代くらいだろうか。
白髪を後ろに流し黒縁の眼鏡をかけているが、その顔つきはナイスミドルでかなりのイケメン具合がわかる。
こほんと小さく咳ばらいをすると後ろのメイドさんたちが我に返ったように姿勢を正し頭を下げた。
「こちらこそ、ようこそいらっしゃいました救世主様。アルフレッド様、おかえりなさいませ」
「ああ。留守中変わりなかったか?」
「王宮からの使いが来ましたが、アルフレッド様のご指示通りに致しました」
アルってば普通に話してるけど、わたしを抱っこしたままだ。
いや、なんで誰も何も言わないのか。
真面目な話をしているみたいだから存在感消す努力はしてるけど、めっちゃ目に入ってるよね。
だってお姫様抱っこだよ。
は、恥ずかしい…。
そのまま重厚な扉が開かれ、あろうことかアルはお姫様抱っこのまま先へ進んだ。
「ちょ、ちょっと、アル、降ろして。ちゃんと挨拶しないと」
小声でアルに囁けば残念そうな顔をしながら渋々わたしをおろした。
挨拶、大事。
こういうのは始めが肝心なのだ。
「あ、あの!わたし佐藤真緒といいます。すみません、お世話になります!」
がばりと頭を下げるとざわりと周りがどよめく。
「救世主様、お顔を上げてください」
慌てたような執事さんの声。
あれ、わたしやらかした??
そっと顔をあげると困ったような執事さん。
縋るようにアルを見ると柔らかく微笑まれる。
「クリス、マオは全く異なる文化の世界から来た。マオの思うとおりに」
「承知しました」
アルの言葉に姿勢を正すクリスさん。
「みんなもそのつもりで。それとレーナ」
「はい。」
オレンジ色の髪を後ろで団子にしている女性が一歩前にでる。
「レーナをマオ付きとする。マオ、レーナは年が近いから遠慮せずなんでも言ってくれ。レーナ、マオを頼む」
「かしこまりました」
オレンジの髪色に若葉のようなグリーンの瞳。少したれ目がちでおっとりした美人さんだ。
「よろしくお願いします」
わたし付きとは!?なんて疑問を持ちつつ、こちらの世界の知識は赤ちゃん並なのだ。
アルの言うことに間違いはないだろう。
とりあえずレーナさんに挨拶をする。
うん、挨拶は大事。
「マオ様、私もよろしくお願いいたします」
「アル!戻ったか」
頭上から聞こえたのは知った声。
目の前の大きな階段上の吹き抜け部分から顔を覗かせていたのは馬で一足先に本邸に戻っていたジェイドさん。
「お前はとにかくすぐに執務室だ。あ、マオちゃんお疲れ様」
「お疲れ様です、ジェイドさん」
見知った顔にわたしはふっと緊張を和らげた。
だがよほど忙しいのか、ジェイドさんは階段を降りるとアルの腕をつかんで再度階段を上っていった。
「マオ、夕食は一緒にとるようにするから」
ジェイドさんに片腕をつかまれつつアルは顔だけこちらに向けて申し訳なさそうにそういった。
「はい。アルもお仕事頑張って」
「では、マオ様参りましょうか。お部屋へご案内いたします」
レーナさんがにっこりとほほ笑んだ。
「あ、ありがとうございます」
「ふふ、お礼などいいのですよ」
思い起こせばここにきて初めて女の人と話したので、ついついテンションが上がってしまったのは内緒の話だ。