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10.わたしはここで生きていく

 ぐるりを石でできた建物が囲っている場所に出たわたしとアル。

 この砦の中庭だそうだ。

 砦自体兵士たちの居住スペースでもあるため、結構大きな建物だ。

 この中庭も20メートルくらいの四方で結構広い。

 ここでは兵士たちが体を動かしたり模擬試合が行われたりするとアルに教えてもらった。

 ただ、今の時間は森周辺の見回りや休憩などで、がらんとしていた。

 端にある石でできたベンチにアルと隣り合わせで座りつつわたしは真っ青な空を見上げた。


「この世界では、その身ひとつでこちらの世界へとやってきた救世主様にできる限りの権限が与えられる」

 前を見ながらぽつりぽつりと話すアルの声に耳を傾けていた。

「特にこのスターク国では救世主様は賓客として扱い、その権限は王族と同等とすることが定められている。突然異なる世界へ渡ってきて、さらにはその力や知識を与えてくれる救世主様に対して、できる限りのことをするという取り決めが為されているのだ。」

 なるほどな、と思いながらもわたしの気は沈んだまま。


「その、マオが寂しくないよう俺にできることは何でもする。向こうの世界に残してきた者や今まで過ごしてきた里が恋しいと思うかもしれないが……」

「…違うの…」

 わたしはそこでやっとアルの目を見た。

 心配してくれているのだとわかる優しい目。

 わたしはそっと首を横に振った。

 気を使わせてしまったな。


「わたしね、両親ともにもう亡くしているの。両親が亡くなってからひたすら勉強して、看護師の資格を取って仕事をして。23年間も過ごしてきた地なのに、わたしは帰れないと聞いてもそれほどショックじゃなかった」

 そう、帰れないことではなく、ショックじゃなかったことに心がざわついたのだ。

 ぎゅっと膝の上で両手を握りしめるとアルがその上から大きな手を置いた。

 鍛えているのであろうごつごつとしているが、すごく温かい手だ。


「今思うとわたしにはすごく希薄な人間関係しかなかったんだな、って」

 もちろんずっと過ごしてきた場所だ。愛着はある。

 だが、わたしにはアルが言った向こうに残してきたものがないのだ。

 人や物に執着していない。

 裏を返せば大事なものが向こうにはない。

 だから帰れなくとも困らない、と気づいたのだ。



 わたしは高校2年の時に事故で両親ともに亡くした。

 兄弟や親戚もおらず急に一人になったような気がした。

 それからというもの、わたしは自分を追い込んで勝手に一人ふさぎ込んだ。

 忙しいことを理由にして友達とも離れていった。

 あのときのわたしは何をしても心から楽しめなくなっていて、友達と離れたのも自然なことだった。


 働き出してからもそう変わらなかった。

 手を差し伸べてくれる人も親切にしてくれる人もいた。

 だが、わたしはそれでもその手を取ることはなかった。

 きっと自ら人と深くかかわることを避けていたんだと思う。


 学生の時はとにかく勉強に。

 仕事を始めてからは必死に働いてきた。

 何かに必死になれば一人なことも気にならなかったし、寂しいと思う暇もなかったから。




『真緒、人との繋がりは大事にしろよ』

『真緒の名前はね、真実の繋がりが持てますようにとの想いを込めてつけたの。信用できる人に出会えるように』

 

 今になって父さんと母さんの言葉が思い出される。

 ダメだなわたし…。

 全然できてなかった。

 今まで生きてきた世界との繋がりが絶たれて初めて気づいてしまったのだ。



「わたし、ここではもっと人と関わっていきたい。いろんな人と出会って、この世界のことももっと知っていきたい」


 そう。

 これからはここがわたしの生きる場所。

 後悔ばかりしていても始まらない。


 日本ではできていなかった人との付き合いはこれからしていこう。

 知らない土地でなにもかも一から始めるのは不安もある。

 だけど、やるしかない。

 わたしはここで生きていくのだから。

 だったら今度は間違えないよう、父さんや母さんに胸を張れるよう。


「マオは強いな」

 そう言うとアルは眩しそうに瞳を細めた。

 ゆっくりとわたしの手を取り、顔の前に持っていってもう片方の手もそっと重ねた。


「マオはこちらに来てまだ4日目で、寝ていた時間をのぞけばまだ1日も経っていない。それでもその優しさや強さは俺にも感じ取れる。父君や母君がマオを愛し慈しんで育ててきた証だろう。俺の傷にしても、今までマオが真摯に仕事に向き合ってきたからこそ、的確にきれいに治してくれた」


 今までの自分の在り方を肯定してくれるアルのことばが身に染みる。



「マオは人間関係が希薄だと言うが、俺にはそうは見えない。そんな人がこんなに温かい人の訳がない」

「ありがとう、アル」

 いろんな不安は、目の前にいるアルを見ていると薄くなっていく。

 この世界に来て最初にかかわる人がこれほど優しい人でわたしはラッキーだ。

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