第5話『町での出会い』
「君の名前は地の宿り子だ。よろしくな」
俺は名付けたばかりの精霊に頭を下げる。
手のひら大の泥団子のような精霊はぴょんぴょんと跳ねて可愛らしい。
俺ことローランは魔界の荒野に座り込み、お試しとばかりに二柱目の精霊と契約していた。
「……確かに聖剣の力が使えてる。剣がないのに……」
大いなる暴風と契約した時は勢いまかせだったが、どう考えても聖剣ヘイムダルの能力が俺自身に宿っているとしか考えられない。
聖剣はもちろんそれ自体が素晴らしい切れ味と頑丈さを持つ剣なのだが、聖剣の名にふさわしい特別な力がある。
それは『精霊を使役する能力』。
自然界に存在する精霊と契約し、その力を意のままに使える能力だ。
そもそも下民生まれの俺は魔力がゼロだが、魔力を持つ貴族階級の者たちでも魔法は一人一つしか使えない。
ところが聖剣ヘイムダルであれば『精霊使役』のスキルで無数の精霊と契約でき、まさに万能の魔法と言えた。
もちろん精霊魔法を使うには魔力が必要なのだが、聖剣があった時は聖剣からすべての魔力を供給してもらえた。
今の俺にはどうやら聖剣の『膨大な魔力』の方は宿っていないらしく、俺が精霊魔法を使った場合に減るのは『体力』らしい。
あと一番残念なのは、今まで契約していた精霊が全くいなくなっていること。
聖女エヴァが使った鐘の音で逃げたのか、それとも消滅したのか……。
どちらにせよ、俺はイチから精霊集めをやり直すことになる。
「名残惜しいけど、仕方ないよな……。新たな精霊との出会いを楽しめって事なのか……」
俺は魔王城から拝借したブロードソードを腰に携え、立ち上がる。
実は今、セレーネには内緒で魔王城を抜け出し、単独行動をしていた。
セレーネがいい奴だという直感はあるが、裏の顔がないとも限らない。
なにせラムエルとエヴァに裏切られた俺だ。
彼らだって、ずっといい奴らだったんだ。
背中を預けられると信じてたんだ。
……なのに、裏切られた。
もう一度同じ目に遭えば自分がどうなってしまうのか、考えたくもない。
だからこそ、俺自身の目で見極めようと思ったのだ。
魔王城の近くには小さな町がある。
素性を隠して情報収集すれば、ひょっとしたらセレーネのことが多少は分かるかもしれない。
それに、魔界の現状を肌で感じたいという理由もあった。
ブロードソードと一緒に持ち出したボロ布で体を覆い、顔を入念に隠す。
設定的には『他の町から流れ着いた旅人』というイメージだ。
「あ、そうだ。声も変えておかないとな。……ルドラ、頼めるか?」
町の中にもし俺を知る魔族がいた場合、顔を隠していてもバレる可能性がある。
念のために変えておこうと、契約したばかりの風の精霊の名を呼んだ。
『空気の流れを変えれば声ぐらいイジれるけどさー。面倒だし精気は多めにもらうからな。オレは普通に暴れたいぜ!』
「まぁまぁ。攻撃魔法を使うとバレるかもしれないしさ。いざという時まで我慢してくれ」
『ちぇーっ』
ルドラは唇を尖らせたが、それでも俺の声色を変えてくれた。
「あー。あー。……うん、ちょっと低い声になってるな。ありがとう」
精霊相手はやっぱり気楽だ。
彼らは人の世のしがらみとは無関係の存在で、裏がない。
俺に力を貸してくれるのも体力――彼らがいうところの精気を渡すギブ&テイクの関係だからだった。
◇ ◇ ◇
何代か前の勇者が残した文献によると、俺が今いる魔王の城は魔界の中心都市から遠く離れた辺境にあるらしい。
魔王城の周辺には強力な魔獣の住処があるので、おそらく防衛拠点の役割なのだろう。
その魔王城から街道伝いに進むと、小さな町にたどり着く。
町の名は『ギムレー』。
枯草と土の色に支配された、荒涼とした場所だった。
遠くから観察する限り、大きな鐘はないようだ。
鐘の音は精霊の弱点なので、初めての町の場合は鐘の有無をチェックするのが癖になっていた。
安心して町に入り、すぐに分かったのは人々の貧しさだ。
街頭にはやせ細った子供があふれ、ゴミをあさったりしている。
商店らしき建物には品物が並んでおらず、空の店舗には目つきの悪いゴロツキがたむろしていた。
この町に踏み込んだのは初めてだが、雰囲気には見覚えがある。多少の差はあれど、魔界の町はたいていがこんな感じなのだ。
魔界全体が貧しいのかもしれない。
それゆえに豊かな人間界に攻め入っていたのだと思うと、仕方のないものを感じられた。
「……そう言えば、魔族って言っても人間の姿に近い奴が結構いるな」
今まで戦ってきた魔族は角や翼、尻尾がある奴など様々で、一様に人間と明らかに異なる姿をしていた。
しかし街中で見かける者たちの姿は人間と大きく変わらない。
違うとすれば尖った長い耳と角らしき頭の突起。……それだけだった。
『兄ちゃん、知らねーの?』
マントの内側からルドラが顔を出す。
『魔族は戦う時に姿を変えるんだ。強い奴ほどカッケーんだぜ!』
「へぇ……。それは初耳だな」
人間と魔族の戦いの歴史は長いが、知られていないことも多い。
人間界での魔族はそれこそ悪魔や悪霊のように怖がられているので、彼らの素の姿を見られるのは新鮮だ。
ふとセレーネを思い出す。
彼女の尻尾や仮面のような目元も、姿を変えたものなんだろうか。
知らない部分はまだまだあるんだと実感できた。
その時、町の中心の方から騒ぎの声が聞こえた。
気になって駆け付けると、土色の外套に身を包んだ集団が荷馬車を襲っているところだった。
魔王城の兵士が幾人も倒れており、御者らしき者たちがおびえたように立ちすくんでいる。
「やっややや止めてくだ……さい! こ、こ、これは町の皆さんのための食べ物……なんです!」
「うるせぇ! 色ボケ姫の施しなんて受けるかよ! この町も城も全部、オレたち『餓狼の月』のもんだ!」
「そうだ! ユーシャサマにご執心の姫なんざ、俺らがぶっ殺してやる!」
土色の外套の集団は大男ぞろいで、見るからに血気盛んだ。
魔王城の兵士を倒すのなら、彼らはなかなかの強者に違いない。
その中でもひと際背の高い人物は雄たけびを上げるや否や、身の丈ほどの長さがある大剣を荷馬車に振り下ろした。
荷包みはひしゃげ、中からは縛り上げられた肉の塊がこぼれ落ちる。
――あの肉には見覚えがある。
あれは、おそらく俺が倒したワイバーンの肉だ。
セレーネが城の従者と共に燻製加工していたことを思い出す。てっきり城の食材に回すのだと思い込んでいたが、数台ある荷車の数を見ると、加工肉すべてを町に回したようだ。
「……不愉快だな」
嬉しそうに肉を仕込んでいたセレーネを思い出し、目の前の暴虐に俺は苛立ちを覚えた。
町の事情は分からないが、少なくともならず者に独り占めされるための食料じゃないはずだ。
俺は剣を強く握りしめた。
『おっ? いざって時か?』
懐でルドラが楽しそうに声を上げたが、俺は制止する。
「力を借りるほどのことじゃないさ」
言うや否や、俺は即座に地を蹴る。
そして次の瞬間、俺の剣は大男の喉元に触れていた。
「――――っ!? な、なんだ貴様! ……一体どこから!?」
「通りすがりの旅人だ。状況的にアンタらが悪役っぽいが、斬っていいか?」
「かははっ! 正義づらのヒョロガリが! 俺様を『餓狼の月』のシュラウド様と知ってのことかぁぁっ!?」
シュラウドとかいう大男は大きく息を吐くと、みるみると姿を変えていく。
さらに二回りも巨大化し、その頭部は狼の姿に変貌していった。
……なるほど。これが魔族の変身か。
気になっていたタイミングで本物を見られた満足感と共に、俺は不敵に笑った。
「知らん。なんだその、ありきたりなザコのセリフ」
そして荷馬車の脇で立ちすくんでいる人たちに視線を移す。
魔王軍の紋章の刺繡が入ったローブを羽織っているので、魔王城の人たちだろう。
「こいつら、倒しちゃって問題ないか?」
「……は、はは、はい。おおおお邪魔なので、お願いします……」
フードを深くかぶっている人がコクコクと頭を縦に振ると、さすがにキレたのかオオカミ頭が唸り声を上げた。
「ふっ! ふっざけんなぁぁーーっ!!」
しかし次の一瞬――。オオカミ頭のシュラなんとかは……俺の脚元に崩れ落ちていた。
なんてことはない。
胴体に三発、そのあと顎下から一発お見舞いしてやっただけだ。的が大きい分、楽だった。
手下っぽい奴らはポカンと突っ立っているので、続けざまに連撃。
あっという間にならず者どもは全員地べたに這いつくばり、沈黙するのだった。
「……うん。調子は悪くないな」
俺は軽く肩を回しながら体の具合を確かめる。
一度死んだから心配だったが、何の問題もなさそうだ。
……というか、オオカミ頭は弱すぎて聖剣も精霊もいらない。自分の強さをはかる物差しにすらならないようだった。
「……しし、死んじゃい……ました……か?」
俺が剣を腰に差し直していると、フード姿の人が恐る恐る近づいてきた。
「鞘でぶっ叩いただけ。死んじゃいないさ。……あ、こいつらは捕まえといたほうが安心だけど、兵士さんたちは動けるかい?」
「あ……そ、そうですね。大丈夫……そうです」
フードさん(仮)の視線を追うと、倒れていた兵士さんたちが起き上がる様子が見えた。
うん。後の面倒ごとは彼らに任せられそうだ。
あとはせっかくだし、この機会にこのフードさん(仮)から色々と話を聞いてみよう。
……そんな風に考えていた時、フードさん(仮)はおもむろにフードを取った。
――俺はその素顔に吸い寄せられるようだった。
印象的なのはその瞳。
大きくて金色の宝石のような瞳はソワソワと動き、時折うつむく。瞳を彩る長いまつげも美しく見えた。
……美少女、と言って差し支えないだろう。
フードさん(仮)はまばゆい銀髪の女の子で、もじもじとした仕草が可愛らしい。
「わわ、私、魔王城のお手伝いをしています、ル、ルル、ルーナ……と申します。あ、あの。あの……。お礼をさせて……くださいませ!」
どもりながらも彼女は一生懸命に頭を下げる。
その瞳に、俺は何か見覚えがあった。