第40話『邪霊の最期』
俺はティタニスのしもべたちを切り裂きながら、聖王について考えていた。
――『体を転々と乗り移る精神体のような存在』。
ルイーズさんが口にした奴の正体を思うと、不気味さがこみあげて来る。
俺が知っている『精霊』という存在は人間の世に興味がなく、本能のままに気ままに活動するだけの者だった。
しかし奴は人間社会の深くまで忍び込み、あまつさえ国を乗っ取ろうとする。
何を司る精霊なのか分からないが、明らかな邪悪さが感じられた。
ビフレストの大鍵を手に入れてから勇者抹殺に動き始めたということは、大鍵によってヤツの目的が叶えられるという事だ。
民の犠牲を気にしないって事なら、どうせ自分勝手でろくでもないことなんだろう。
「……そうだ、大鍵はどこだ!?」
ふいに思い出し、慌てる。
そう言えば聖王を倒した後、大鍵を放っておいた気がする。
すると隣でハンマーを振るうセレーネが頭上を指さした。
「気配を感じるに、おそらくルイーズ殿のところじゃな。拾ったところを捕まりでもしたか。……ローランよ、なぜわらわより先に大鍵を手にせなんだ!?」
「……すまん。ずっと君のことしか考えてなかったんだ」
「ふわっ!? な、な、なにを急に言い出すんじゃ」
セレーネの顔は一気に赤らむ。
そして照れ隠しなのか、ティタニスのしもべをバンバン叩いて身もだえしはじめる。
……ちょっとストレートに言いすぎてしまったか。
「いけないよな。世界の命運を握る宝玉よりも君が大事だなんて」
「い……いけないとは言っておらん。わらわも……同じじゃったし」
そう言って赤面するセレーネ。
俺は彼女の肩に手を置き、そして直上を見上げた。
「まぁ、取り返せばいいさ。ルイーズさんも、大鍵も!」
そして俺はベヒモスの巨体で周囲一帯のしもべを弾き飛ばすと、ルドラの風によってセレーネと共に一気に飛翔した。
ティタニスの体に直接触れては、あの黒いオーラに襲われる危険がある。だから接触するわけにいかなかった。
「確かこの一回り小さいティタニスの核は頭部にあったな」
山のような大きさの時は腰あたりにあったが、この少し小さい形態のティタニスの核は頭部の中にあったことを思い出す。
俺は聖剣を頭上に構え、魔力を充てんする。
「汝の名はウンディーネとルドラ! 我が剣に宿りて水刃となり、邪悪なる王の核を断ち切れ!」
その掛け声と共にいかなるものも断ち切る高圧の水刃をつくり出す。
そして一気に振り下ろし――。
「――勇者よ、止まれ」
……唐突に命じる王の声。
俺もやむを得ず、刃を止めざるを得なかった。
奴はなんと左腕を突き出し、その中にいるルイーズさんを盾にしたのだ。
ルイーズさんは胴体を捕まれて身動きできないまま、目を閉じて耐えている。
そして次の瞬間、黒いオーラをまとった右腕が轟音を伴って迫ってきた。
「――いけない。セレーネ、一度退避だっ」
俺はルドラの風を操り、一瞬で奴の攻撃範囲外に退避する。
そして彫刻のようなティタニスの顔――聖王の顔面をにらみつけた。
「……おいおい、王サマが卑怯なもんだな」
本当にこざかしい。
奴の行為は俺の神経を逆なでするに十分だった。
そして奴も死の危険を感じると、王を演じる化けの皮がはがれると見える。
「気がついたか、ローラン? 泥の龍の追撃がないようじゃ」
「あぁ。ルドラ曰く、聖王の肉体が死んで契約が解除されたっぽい」
「なるほど。図体はデカくとも、見掛け倒しってことじゃの」
リヴァイアサンとの契約が切れているなら、あの洪水のような厄介な技は使えまい。
それは同時に、俺の水の刃も通じることを意味していた。
だからこそ、奴はルイーズさんを盾にしようとしたわけだ。
「……あと、もう一つ分かったぞ。彼奴の左手にはオーラが出ておらぬ。ルイーズ殿を殺さぬためであろうな」
「……確かに」
「ローランよ、わらわをあそこに投げ飛ばせぃ!」
「ああ!」
セレーネには策があるという事だ。
俺は暴風を吹かせ、彼女をティタニスの左手……ルイーズさんのところに送り届ける。
すると聖王は左手を握りしめ、ルイーズさんが脱出する隙間を無くしてしまった。
「その大槌で叩き壊すか? ルイーズも死ぬであろう」
「そんなことはせぬっ!」
そしてセレーネは懐から何かを取り出す。
あれは大樹ユミルの木の実!
「ユミルよ、この阿呆を縛り付けい!」
セレーネが木の実に魔力を注ぐと大樹ユミルはティタニスの岩土の体に根を張り、一気に左腕全体を縛り付けてしまった。
「さずがは魔界の大樹。岩だろうがたやすく穿って根を張りよる。……これでルイーズ殿を盾にはさせぬぞ」
「ならば貴様を盾にしてやろう」
聖王の声と共に猛然と迫る右手。
それはセレーネをつかむというよりも弾き飛ばして殺す勢いだった。
「ルドラ――」
俺が叫んだ瞬間だった。
奴の巨大な左腕が何かに縛り付けられたように止まった。
セレーネは何もやっていない。
その時、頭の中にルイーズさんの声が響いた。
「――憑依しました。聖王よ、もうあなたの好きにはさせません!」
憑依!?
確かにルイーズさんは犬に乗り移ってラムエルを探し出した。
その魔法を使って、ティタニスの体を奪ったというのか?
「やめてくれ、ルイーズさん! 精霊は……ティタニスほどの大精霊は人間に操れるもんじゃない! 体に異常をきたすぞ!!」
「片腕ぐらいなら何とかできますっ! 私ばかりが足手まといなんて、絶対に嫌っ!! この身がどうなろうと、絶対にローラン様の助けをするんです!!」
ルイーズさんの声には決意があふれており、現に聖王は右腕が縛り付けられたように動かせないでいる。
左腕はセレーネが作り出したユミルの樹で、右腕はルイーズさんの力で、完全に抑え込まれていた。
「おのれ小娘が、人間ごときが我をぉぉっ!!」
聖王は唯一動かせる上半身を揺り動かし、その束縛を解こうとしている。
そもそも、何時までもこのままだとルイーズさんの精神が持たないだろう。
俺は空中で聖剣を構え、水の刃をもう一度作り出した。
「させぬわぁぁぁっ!!」
聖王はその岩でできた口をメリメリと開き、無数のおぞましい牙を生やす。
まるで蛇が大口を開けているような恐ろしさ。
俺も彼女たちも飲み込もうとしているのだろう。
その牙を光らせ、一気に襲い掛かってきた。
「ローラン様――」
「斬るのじゃ――」
「ウオォォォォォォッ!!」
地平まで届くような巨大な剣を振り下ろす。
残念ながらティタニスは一度斬ってるんだよ。
聖王の肉体を失った今のお前は、ただのデカい的に過ぎない。
だから、お前は敵ではないんだ――。
一閃。
不気味に歪んだティタニスの頭部は真っ二つに割れていた。
そして見えるのは黒いオーラを放つ、人の心臓ほどの大きさの球体。
……あれが聖王、奴の核である。
俺は風に乗って核の元に降り立った。
「お……の……れ…………」
「さすがに核だけになったら手も足も出ないか」
こいつはおそらく聖王の体が溶けた時、地面に潜り込んでティタニスの体を奪ったんだ。
だから、ただ核を壊すだけなら復活する懸念がある。
存在を完全にかき消さなければ安心できない。
俺は両手に魔道文字を描いた後、聖剣の切っ先を聖王の核に向けて詠唱を始める。
「贄は霊鉄。嚮導は聖鍵。七彩の道を辿る。
星命の大樹に実りし子等よ。渦巻く霊廟の帳を開き、我が願いを聞き届け賜え!」
聖剣が眩い七色に輝き、天と地を繋げる虹が現れる。
これが七彩の道。
精霊の魂が還るべき世界への道しるべである。
「果てよ、果てよ、果てよ――――我が精を糧に、汝の御霊よ、星命の大樹へと還り賜え!」
「やめ……私はまだ……やるべき、ことが…………」
「命乞いしても、もう遅い。お前はこの世にあってはならない邪悪だ」
――そして俺は、輝く聖剣を聖王の核に突き刺した。
その亀裂からどす黒い膨大な泥が噴出し、みるみると虹の橋を通って天に吸い込まれていく。
最後の一滴が消え失せた時、核は霧散して無くなってしまった。
聖王を演じていた精霊の終わり。
俺はそれを、確かに見届けたのだ――。
◇ ◇ ◇
「く、崩れる……」
「セレーネ、もう大丈夫だ。すべて終わったよ」
核を失ったティタニスの体は崩壊を始めている。
俺はティタニスの左腕――ルイーズさんが捕まっている方の手の上に降り立ち、セレーネに手を差し伸べた。
しかしセレーネの表情には焦りが見える。
「ルイーズ殿がまだ手の中に閉じ込められておるのじゃ!! 外から叩けば彼女が傷つくし、慎重にやるには時間が足りぬ……!」
「確かに。……マズいな」
ふと地上を見下ろすと、おそらくここは高さ70~80メートルほどの空中。
俺とセレーネはたやすく脱出できるが、岩の中に閉じ込められているルイーズさんは落下すれば無事で済むまい。
とっさにルドラに頼んでみたが、巨大な岩の塊であるティタニスの腕を支えるのは風だけだと厳しいようだ。
その時ルイーズさんの声が聞こえた。
「大丈夫。……たぶん、動かせます」
その声のあと、頑なに閉じられていた指が柔らかく開いた。
ルイーズさんの憑依の力で動かせているのだ。
そして手のひらの中ではルイーズさんが目覚め、微笑んでいた。
「ありがとうございます! ローラン様、そしてセレーネ様!」
「わらわを『様』呼びは無粋じゃ。……呼び捨てで構わぬ」
「二人とも、語らいは後でゆっくりとだ! じゃあ降りるぞ!!」
俺は周囲を風で包み込むと、ひらりと浮遊する。
それと同時にティタニスの体はあちこちに亀裂が入り、ゆっくりと落下していった。
下方では騎士や山の民の歓声が聞こえる。
俺の隣にはセレーネとルイーズさん。
……そしてルイーズさんの手の中には、確かにビフレストの大鍵が握られていた。
「すべてが無事に終わったな」
「……うむ」
セレーネは短くそう言うと、感慨深く遠方を見渡した。
「……人間界もきれいじゃの。夕日は変わらず美しい」
ああ、セレーネのいう通りだ。
それぞれに過酷さがあるが、この広大な世界で民も精霊も息づいている。
その一幕を守れた実感に、俺は安堵と喜びをかみしめるのだった。
お読みいただき、誠にありがとうございます!
聖王国に闇を落としていた邪悪な意思がついに潰えました……。
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