第3話『魔界での再生――そしてその頃、王子は』
「やれやれ。生き返ってすぐに前途多難だな」
ワイバーンに宙づりにされながら、俺はやけに冷静だった。
一度死んだせいか、妙に達観しているらしい。
眼下には巨大な魔王城が見える。
その上階は巨大なワイバーンの群れに襲われ、破壊されていた。
ワイバーンの数は一、二……ふむ、四匹か。聖剣さえあれば全く俺の敵じゃない。
しかし丸腰の俺にはどうしようもなかった。
「……って、おいおいおい!? なにやってんだ、あのお姫さん!?」
天井がぶち抜かれた一室を見ると、ゆっくりと動く巨大な影が。
よくよく見ると、セレーネがベッドを持ち上げていた。
魔王の娘とは言っていたが、なんていう怪力なんだ。天蓋付きのベッドを持ち上げるなんて!
……しかしそんなもの、どう……する?
「うりゃあぁぁあぁっ!!」
セレーネの声がこだまする。
次の瞬間、轟音を伴ってベッドが飛んできた。
大砲の玉すら生ぬるい大質量。
その巨大な弾は見事にワイバーンの頭部に命中し、粉砕してしまった。
「す……っげぇ…………」
俺は馬鹿みたいにポカンと口を開ける。
視線を向けると、セレーネは拳を振り上げガッツポーズをしていた。
さすがは魔界の姫。尋常じゃない。
だがピンチは過ぎ去っていない。
残り三匹のワイバーンが滑空し、警戒しながらも俺を狙っているのが分かる。
……そして俺はというと、空中に投げ出されたまま、真っ逆さまに落ちている。
待っている未来は食われて死ぬか、落ちて死ぬかの二択である。
とっさに彼女を守ろうとした結果と言え、魔界に来てから散々だな、とため息をついた。
「ま、諦めるには少し早い……か。――盟約に従い、出でよ疾風の貴婦人!」
じたばたするのは慣れている。
試しにやってみるか、と手を前に突き出し叫んだ。
風の精霊を召喚できれば、空を飛ぶことぐらい簡単だ。
……しかし何事も起こらない。
やはり聖剣がなければ、魔力の無い俺には何もできないのか?
俺はあきらめきれず、今度はワイバーンどもに向かって叫んだ。
「出でよ樹氷の淑女、炎爆王、大いなる岩塊――」
しかし何も現れない。
俺の叫びは空しく風にかき消されるのだった……。
「ローラーーンッ!」
ふいに聞こえた少女の声。
声の方に向きなおすと、俺を追うように落ちて来るセレーネの姿があった。
彼女が懸命に伸ばす手を、俺はかろうじて握り返す。
と同時に、セレーネは頬を膨らませて大声を張り上げた。
「蘇生は一度きりだと言ったじゃろ!? 危険な真似をして、そなたはド阿呆か!?」
「仕方ないだろ。君を守らなきゃって思ってしまったんだから」
「うぐ……。ひ、卑怯ではないかぁ……。そんなこと、言われては……」
頬を真っ赤に染め、口ごもるセレーネ。
その仕草は可愛くもあり、俺を助けてくれたことにもきっと悪意はないと思えた。
なにより、落下しつつある俺を助けに来てくれたのは嬉しい。
「はは……ありがとな」
「んむ?」
「助けに来てくれたんだろ? さすがは魔界の姫だな、空も飛べるとは。聖王国の貴族でもめったに使えない魔法だよ」
俺は感心するしかなかった。
そもそも魔法は一人一つのはずだが、蘇生魔法と飛行魔法が使えるとは流石と言える。
……しかしセレーネは大いに首をかしげていた。
「……いや、飛べんが?」
「は? じゃあなんで来た?」
「……えっと。……つい?」
彼女は頭を搔きながら照れるように舌を出した。
……えっと。
……うん。なるほど。
考える前に体が動くタイプなのかもしれない。
彼女がちょっとポンコツだったと思い出した。
いやいや! 笑ってる場合じゃないし!
ワイバーンは隙を伺うように奇声を上げている。
地面もみるみると近づいてくる!
これで二人とも墜落死なんて、馬鹿すぎて魔界の歴史に名を残してしまう。
「くそっ! イチかバチかだっ!」
俺は指を嚙み、あふれた血で手のひらに模様を書く。
精霊と新しく契約するための魔道文字だ。
聖剣がないとか言ってる場合じゃない。
この場で新たに精霊と契約し、難を逃れる!
失敗すれば死ぬだけだ!
文字を描いた手のひらに念を込め、契約の言葉を口にする。
「贄は霊鉄。嚮導は聖鍵。七彩の道を辿る。
星命の大樹に実りし子等よ。渦巻く霊廟の帳を開き、我が願いを聞き届け賜え!」
その瞬間、魔道文字に熱がこもった。
――いける!
「集え、集え、集え――――我が精を糧に、汝の剣を顕現させよ」
俺は契約しようとしている精霊の姿を心の中で描きながら、契約の言葉をつづる。
同時に周囲から風が吹き込み、渦巻くように密集し始めた。
「これは……すごい」
セレーネは俺につかまりながら、感嘆の声を上げる。
彼女の視線の先では空間が歪み、空気の渦が小さな人の形に凝縮しようとしていた。
ワイバーンの様子を見ると、異変を悟ったのか彼らは急旋回して猛然と俺たちに襲い掛かろうとしている。
――だが、もう遅い。
俺の詠唱は最終段階に達していた。
「汝の名は――大いなる暴風! 魔界の風よ、襲い来る飛竜を屠り、我らを天空へと至らしめよ!」
――契約は命名をもって成立する。
俺が「大いなる暴風」と名付けた瞬間、激しい暴風が無数の刃となって四方に舞う。
一閃。
大口を開けた三匹のワイバーンは四肢を寸断され、血潮を吹きながら落下していった。
そして俺たちの体は風に包み込まれ、空高くに運ばれるのだった。
◇ ◇ ◇
『へぇ~。オレの声が聞こえるヤツは初めてだぜ。よろしくな、にーちゃん!』
ルドラは俺にだけ聞こえる声で挨拶してくれている。
荒ぶる口調はさすが魔界出身の精霊らしい。
残念ながらセレーネには声が聞こえないらしいが、ルドラは口調のわりに風の扱いが丁寧で、俺たちをゆったりと包み込んでくれていた。
俺たちはしばしの空中遊泳を楽しむ。
ふとセレーネの方を見ると、その横顔は夕日に照らされ、美しく輝いていた。
「……こんな光景は初めてじゃ。ローラン、そなたは本当にすごい! まさか魔界の風をたやすく従えるとは!」
無邪気な少女のように笑うセレーネ。
その表情は好ましいもので、俺は素直に称賛を受け入れられた。
「いやぁ、ははは……。うまくいって良かったよ」
そう。本当にうまくいって良かった。
まさか聖剣がないのに精霊と契約できるなんて、普通ではありえない。
まるで、俺の体に聖剣が宿っているようだった。
「……その。ロ、ローラン」
ふと彼女を見ると、セレーネは小さく縮こまっていた。
「どうした?」
「そ、その……。モノ扱いして……すまぬ。……人と話すことに慣れておらぬ故……」
「……ん。分かってくれればいいさ」
そう答えた俺は救われた気持ちになっていた。
セレーネのことは何もわからないが、少なくとも誠実な人らしい。
それは酷く傷つけられた俺の心を癒してくれるようだった。
俺は清々しい気持ちになり、はるか上空から遠方を見渡す。
はじめに目に飛び込んでくるのは空を覆うほどに巨大な樹木。
そして下方には荒涼とした原野、紫色の霧、歪な山岳地帯と巨大な樹に覆われた森。
眼前には広大な世界が広がっていた。
「――これが魔界」
「うむ。魔族の故郷。貧しくも力強い魔の世界じゃ」
そしてセレーネは俺の方に向き直った。
「ようこそ、魔界へ。――勇者ローラン」
「……うん。お邪魔するよ、セレーネ姫」
仲間に裏切られ、魔界に捨てられた俺。
しかし聖剣の力は変わらず俺と共にあり、命を救ってくれた恩人もいる。
彼女をどこまで信じられるか分からないが、新たに生きるこの世界に思いをはせ、俺は胸を躍らせた。
◇ ◇ ◇
――その頃、人間界のとある場所では不敵な笑みを浮かべる男がいた。
ここは人間界の覇権を握る大国・グランテーレ聖王国の王都。
その王城の謁見の間。
聖王の前にひれ伏すのは、ローランを殺したラムエル王子である。
「ラムエル・トネール・グランテーレ。新たなる勇者よ。此度の戦では見事な働きであった。聖王国の王として、そしてそなたの父として、これほどに喜ばしいことはない」
「ははっ、ありがたきお言葉! これもひとえに祖国のため。いや、人間の世界全てのためでございます」
ラムエルが深々と頭を下げると、拍手喝さいの嵐が響き渡る。
彼はその中で絶頂を迎えていた。
――『勇者』。
それは元々、グランテーレ王家だけに許された称号。
『聖剣ヘイムダル』の使い手に授けられし名である。
奴隷のローランに聖剣を奪われはしたが、遂に王家の元に取り戻した。
『勇者』として自分の名が永遠に歴史に紡がれることを想うと、恍惚としないではいられなかった。
神官の導きに従い、ラムエルは聖剣を鞘から抜く。
その姿を見た貴族たちはまたもや喝采で湧いた。
「……軽い! 使い手でなければ岩のように重く持てぬほどの聖剣。それが、この手に馴染むっ!」
聖剣はまるで羽のように軽い。
ラムエルは聖剣に認められている事実に興奮しながら、父である聖王を仰ぎ見た。
「我が親友であり、今は亡き勇者ローラン……。その意思を見事に継いでみせましょう。我がグランテーレ聖王国に栄光あれ!」
ラムエルは確信しないではいられない。
栄光はこの手の中にある。
未来永劫、すべての名声は俺の物だ、と――。
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