3.ギリギリの登校-ギリギリセーフ-
60話で終わる予定です。
そんな和也が腕時計を見ると、
――げげっ、そろそろチャイムが鳴っちまう。
ちょうど七時五十五分の予鈴とともに校門が閉められる。
「だーっ、ていっ!」
ついいつもの癖で、閉まる寸前でダイビングする。おかげでなんとかセーフ。が、久美は、アウト。
あまり大勢はいないとはいえ、何人かの生徒が締め出された門のところで悔しそうに中を見ている。その生徒たちに先生が近づいて、何か話をしている。おそらく遅刻への注意と、あとで生徒指導室にくるよう言われているのだろう。
「お前、これで何度目だ?」
無事に滑り込んで服に付いた砂を払っていると、顔をひきつらせた一人の先生がやってきて話しかけてくる。
――げっ、生徒指導の新谷田じゃん。
「いやぁー、今日はちょっときつかったですねぇー、ははは」
「ははは、じゃあない。ほぼ毎日お前の顔をこの校門で見てるんだが、もっと早くは起きられんものか?」
即座にキッパリと[起きられたらこんな苦労はしていません]と言おうとして言葉が喉まで出掛かったが、ここで先生にちょっかいを出しても仕方がないと思い、
「分かりました、がんばってみます」
と、ちょっと真面目な顔をしながら言ってその場を去ろうとする。
すると、すでに閉められている校門めがけてまっすぐ走ってくる女子生徒が一人見えた。手をまっすぐ横に伸ばしながら走ってくるその子は、ここからは顔がよく見えなかったが、この時間には見かけないよう子のように思える。
だが、すでに登校時間は過ぎている。そんな生徒を見て[ああ、全く]とつぶやきながら、新谷田は矛先を変えた。
――ラッキー、いまのうちに逃げよう。
和也はカバンを引き寄せると、ゆっくり立ち上がる。と、
「!?」
そこにいるみなが絶句した。
たたたーっと走ってきた小柄なその子は、自分の肩くらいまであろうかという門をタンタンタンと駆け上がり、軽々と乗り越えたのだ。これには新谷田も、他のその場にいた人たちも茫然とするしかないようだ。
そんな中を彼女は、着地してから止まる事なく平然と下駄箱の方に走り去ってしまった。
――あーっ、いけね。早く行かなきゃ、今度は教室のほうでつかまっちまう。
和也はまだ茫然としている新谷田たちを置いて下駄箱へと走る。
下駄箱の辺りは、この時間特有のラッシュが起きていた。
入り口正面に一年の下駄箱があり、そのすぐ近くに昇降口があって、そこから二、三年の下駄箱に続く。何故かラッシュはいつも一年の方で起きるのだ。一年には和也みたいなやつが多いってことか。
こっちはもう三年生にもなるのに、嬉しいというべきか、悲しいというべきか。和也は昇降口を上がり、比較的空いている三年生の自分の下駄箱に向かう。
――すみませんねぇ、下級生に示しがつかなくて。
和也の下駄箱からそんなに離れていない、背向かい側のそこに先ほどの女子生徒がいた。彼と違い、スリッパにすでに履き替えて、余裕があるのか制服の乱れを直していた。
――小柄でうしろ姿はオレ好みの女の子だな。うーん、髪が長いのも似合うが、やはり小柄という点ではショートのほうが似合うのでは? と思わざるにいられないが。って良く見ると、あれ? ここって三年生の下駄箱なんだけど、あんな子っていたっけか? まぁ、細かいことはいいか。
和也はそんな事をぼんやりと考えながら、靴からこの学校指定の、緑色の情けないスリッパに履き替えようとしていた。いや、履き替えようとして、思わず手が止まる。
その子はボストンバックから袋のようなものを取り出して、おもむろに、
[ズルッ]
と髪の毛を取ったのだ。そこにはなじみの顔が現れたのだ。
「お、おま!」
和也が絶句していると、
「やほーっ。もう少し早くおいでよね」
先ほどの信じがたい行動を披露したのは、和也の友人の一人なのだ。
何故、校門で見た時点で分からなかったのか、といえば一目瞭然である。彼女が手に持っている物、それはロングヘアーのカツラ。これを深々とかぶっていたのだ。それじゃあ判るわけない。
ちなみに、彼女の名前は天野千歳という、普通科の和也や晴樹たちとは違い、商業科の三年生だ。同じ部活の子でもある。髪はショートヘアーなのだが、もみ上げの部分を伸ばしていて、それが彼女のトレードマークにもなっていた。
「千歳、おま、意外と大胆な事するんだな。それと、運動神経良いんだな」
和也がまだあきれていると、
「きゃはっ。そう?」
と無邪気に笑う。その声は天真爛漫な、とても明るいものに感じられる。
[キーンコーンカーンコーン]
「あーっ、チャイム。これ本鈴じゃね?」
やっと我に返った和也が少しあせりながらそう言う。
「そのとーりっ。んーじゃーねー」
そういうと千歳は先にたーっと走っていってしまう。
――あっ、これはヤバイ。
和也もあわてて追うように教室に走る。
60話で終わる予定です。