2.ギリギリの登校-午前七時四十五分-
60話で終わる予定です。
「おはよう」
朝の登校時間、おのおのが友だちと声を交わす。
進級式も終わり、少しずつ新しい学年に慣れようとしている四月、いつものように一日が始まっていた。生徒たちが歩いている緩い上り坂の一本道は、とある学校に続いている。
この高校は、日本のちょうど真ん中にある県の、そのまたほぼ真ん中あたりの市に位置しており、進学校としてはそこそこ名の知れた学校である。各学年で若干のバラつきはあるが、例えば今の三年生で言えば、普通科が五クラス、商業科が二クラス、家庭科が一クラスの、一学年が約三百人のマンモス校でもある。
「はっ、はっ、はっ」
現在、午前七時四十五分。
登校時間もそろそろ終了しようとしている、人通りもほとんどいなくなったこの時間に、息を切らしながら走っている一人の男子生徒がいる。
もともと彼に、この時間に起きろというのは酷なことなのだろう。
まず、その容姿からしておかしかった。
髪の毛は、前の日に洗いざらしのまま眠ったのか、寝癖がついたままになっていてあちらこちらに飛び跳ねているし、制服のボタンも途中からひとつ段違いになっている。カバンは、まぁ、まともに閉まってはいたが、ボストンバックのほうは体操服か何かがちらりと顔をのぞかせていた。
そんな、朝の早起きが苦手な彼は、寝起きの体で朝から全力疾走という苦行を強いられているところである。
――第一、身支度をして朝八時までに学校に来いというのがそもそも間違ってんだよ。
と彼は思う。それは朝が得意な人はいいが、彼みたいに朝の苦手な人だっている。みんなの意見を平等に取り入れて、せめてあと一時間は開始時刻を遅らせるのが最善だと思うのだが。
まあ、九時にしたところで、結局のところ遅刻者はなくならないのでは? という突っ込みどころはあるが。
どう考えたって八時なんてまだ布団の中、下手をすればまだ夢の中だっていうのに、なんで誰一人としてそれに文句を言わずに起きて身支度までして学校に来れるのか、昔からそれが不思議でならない。
――だいたい何で朝早く起きて……やめよう、この話は。今は先を急ぐのが先決だ。
七時五十分。
「だーっ、予鈴まであと五分しかねぇじゃあねぇか。こりゃあ、間に合うかなあ」
そうは言ったものの、彼の心は少しばかり不安にさいなまれていた。
というのも、まだ月も半ばだというのにすでに十回も遅刻をしそうになっていたのだ。その内の何回かは実際に遅刻しているのだが。
「よお、カズ」
声をかけながら男女二人の生徒がが合流して来た。彼らも星鐘の生徒だ。そしてやはり二人とも遅刻の常習犯でもある。
――今にも遅刻しそうなこのオレが上田和也、高校三年普通科に在籍している。そしてあとから続いてきた男のほうが尾澤晴樹、女のほうが加永久美。二人ともオレのクラスメイトだ。
「ねえ、このままだと間に合いそうにないと思うんだけど……」
久美が、力なさそうに言う。
「んじゃあ、もっとスピードあげてみる?」
和也はきつい冗談を言ってみる。
――ただでさえ全力で走ってんのに、これ以上速く走れるのは明らかに無理があるぜ。
「じゃあ、そうさせてもらうぞ」
「いえ、あのー晴樹さん? 嘘です、冗談です、どうか置いていかないでください、お願いします、このとおりです」
「むふっ」
晴樹は、まだまだ平気だよ、という顔をしながら微笑み、どんどんとスピードを上げて行ってしまう。
「いいよなー、晴樹はよぉ。走るの、得意でよぉ」
あとに残された和也は久美に言うでもなくそうつぶやく。
こっちは寝起きの上に走らされて、そりゃあもう大変だというのに。まぁ、そんな境遇は晴樹も久美も同じなのだが。
60話で終わる予定です。