第14話 エルフの食レポ
翌朝、漁を開始した。
魚を捕るなら釣りだろうかと思っていたが、釣りじゃあなかった。何せ竿も糸も針もないのでは、どうしようもない。無論、投網などあるわけもなく。あるものと言えば、岩をひっくり返した裏側にひっついている、餌になりそうな虫くらいのものだ。
ルイゼルが行ったのは、河へと向けて炎系列の魔法を放つことだった。水中に落ちた炎は水蒸気爆発を引き起こし、一帯に潜む魚はその衝撃で気絶する。浮いたそれらを木の棒で掻き寄せ、捕まえるといった、おそろしく原始的な手法だった。
「拾って。流される前に拾ってください」
「もうやってるよ」
ちなみに、昨夜この河から這い出てきたバケモノが捕れたらそれも食べると言った言葉は、さすがにルイゼルの異世界ジョークだったようだ。
実際問題、気絶状態に陥っている得体の知れん緑の水棲生物の頭部が浅瀬からプカリと浮いてきたときには、ルイゼルは容赦なく罵倒しながら足で踏みつけ、水底へと追い払っていた。
それはもう気の毒なくらいに。すまない、緑のバケモノ。俺には指をくわえて見ていることしかできない。
しかし気のせいかこの緑のバケモノ、河童に似ていたように見えた。特に頭頂部のハゲや、背負った甲羅だか異様に発達した背部の皮膚あたりが。
皿だかハゲだかにルイゼルの足跡をくっきりとつけられた河童っぽい生物は、気絶から目を覚ますなり奇声を上げながら逃げるように水底へと潜っていった。
俺は彼女に尋ねる。
「ルイゼルは河童って知ってる?」
「いえ、知りません。日本の政治家か何かですか?」
「いっぱいいそうだけど、違う」
たぶん、キミがいま容赦なく踏みつけることで、泣きながら水底に沈んでいった生き物のことだと思うのだが、確証はない。
俺は首を傾げながらつぶやく。
「や、正直俺もわからん。見たことなかったしな」
「ふふ、何ですかそれ」
日本の妖怪も、オーガのような異世界絡みの存在が伝承化したものだったのかもしれない。世界は案外、繋がっている。
だとするなら、昨夜は俺たちと相撲でも取りにきていたのだろうか。あるいは尻子玉でもぶんどりに。まあ、どうでもいいか。
俺たちの足下には五匹の魚が転がっている。それも結構な大きさだ。俺の肘から指先くらいまでの体長はある。身も丸くて、なかなかに食いでがありそうだ……が。
「そのまま焼いて食うのか?」
「内臓は取りますよ」
「どうやって? 包丁どころかナイフもないぞ」
指で腹を抉るという方法もあるが、あまり考えたくはない最終手段だ。
そんなことを考えていると、ルイゼルが短衣の袖口から輝く刃物のようなものを取り出した。掌サイズの刃だ。柄はない。
「いつの間に……」
「これ、ロックゴーレムの核の欠片です。魔法具の素材にもなりますから、結構高値で売れるんですよ。えっと、日本で言うところの宝石みたいなものです」
「そうなんだ。それで切るのか」
「よく切れますよ」
まるで熟練職人のように器用に刃を取り回すと、ルイゼルは魚ではなく俺へと向けた。
「はい、どうぞ」
「……俺!?」
「わたし、料理できませんもん。OL時代はコンビニ飯かスーパーのお弁当でした」
俺だってそうだよ……。
「作らなくても手に入るなんて最高ですね。早く日本に帰りたいです。はい」
「……」
俺は不承不承、ゴーレムの核カッターを受け取る。
思ったより重いな。それに虹色だ。光のあたる加減によって、次々と色が変化する。なるほど、これは売れそうだ。
いや、そんなことよりも。
「俺も料理とか知らない……」
「え? 男やもめってみんな料理できるんじゃないんですか!? 昭和のドラマでそう言っていましたよ」
偏った知識だなあ。
令和だぞ、もう。
「そもそも俺はやもめじゃない。それは一度結婚して離婚した男のことで、俺は未婚で一度も……」
「あ、あ、辛かったらそんなこと言わなくていいですから、泣かないで」
「優しい……」
「でっしょー! じゃあ、一か八か捌いてくださいっ」
「容赦ない……」
仕方なく、俺は魚の腹を適当に裂いて、内臓を引き抜いた。
水で洗いながらだ。ちなみに昨夜、俺が死にかけていたときに顔にかけてくれた水の正体は、ルイゼルが水の精霊ウンディーネに命じて河の水から不純物を取り除いたものだったようだ。
いまも目の前で水芸をしてくれている。水道みたい。
黙々と内臓を引き抜きながら、ふと彼女に視線を向けると、なぜかルイゼルはドン引きしていた。
「ぐっろ……」
「文句言うな。てか慣れてきた」
「最初から切り身で泳いでればいいのに」
「ははは」
内臓を抜いて腹を洗い、串の代わりに木の棒を刺す。
火熾しはルイゼルがやってくれた。その周囲の地面に、木の棒に刺した魚を突き刺していく。あとはじっくり炙るだけだ。
俺はウンディーネ汁で手とゴーレムカッターを洗った。それを彼女に返そうとすると、価値のあるものですから差し上げます、と言われた。
「体良く料理役を押しつけようとしてるわけではなく?」
「なんのことかしらぁ?」
口笛を吹いて誤魔化そうとするな。プシュプシュ言ってて吹けてないし。かわいい。
しばらく経つと、魚の皮に脂が染み出てきた。かぐわしい香りが漂い始める。ぐぅと腹が鳴った。
「も、もういいですかね?」
「川魚はしっかり焼いた方がいいぞ。皮が焦げるまでは我慢しよう」
「う~……」
お預け食らった犬か。焚き火に身を乗り出すと危ないぞ。せっかくの綺麗な金髪がチリ毛になるさまは見たくない。
やがて表面が焦げ始める。そこからさらにしばらく。
俺の腹ももう限界だ。たまらん。
「もういいでしょう」
「食ってみよう。これだけ焼けば大丈夫だろ」
俺たちは一本ずつ、魚串を手に取る。
口で吹いて冷まし、背中から口内いっぱいにかぶりついて。
咀嚼、咀嚼、咀嚼。
ふたり同時に目を見開いた。
「天ヶ瀬さん、なんだかこれ!」
「ああ!」
ルイゼルが吐き捨てる。
口いっぱいに頬張った魚ではなく、いつもの容赦ない言葉を。
「すっっごい。こんなの初めてです」
「俺もだ……」
「コクがないのにキレもない! それでいてほんのりと泥臭く、歯と歯とが醸し出す分厚い身からくるハーモニーはまるでタイヤゴムのような堅さ! 塩さえないから何の味もしませんしね! あと、くっさ!」
「うん……」
まっずいわ。
泥抜きと臭い抜きが必須タイプの魚だったか。
せめて海水魚だったならと思わざるを得ない。
その後はテンションを急速に落下させながらも、俺たちは黙々と食べ続けた。会話といえば、これくらいのもの。
「……うふふ、新歓コンパの罰ゲームに使えそうですね……」
「……こんなん食わせたらパワハラで訴えられるわ……」
でも、栄養だから。食わねば死ぬ。衰弱すればこの世界では死が待っているだけだ。
俺たちは顔をしかめながら食い切ったのだった。




