伯爵令嬢のやり直し④
翌日、ミラにも背中を押してもらいドキドキしながら希望届けを出したリネットを、マダムは意外な顔をしつつも考えるそぶりを見せてくれた。
「王家付き護衛……ですか。確かに、とても効率よく魔法を使えるあなたなら、いざというときにも対応できるかもしれませんね」
「はい、頑張ります!」
「しかしあなたは、アルベール伯爵家のご息女です。伯爵領で模擬戦闘訓練を受けたとは思えませんし……魔法で戦う覚悟はあるのですか?」
「あります」
「王家の皆様をお守りするためなら、敵の首を刎ねることも厭いませんか?」
「喜んで刎ねます」
はっきりと言い切ると、ある程度悟った様子のミラはともかく、周りにいた他の魔法使いや彼らの使用人たちは、ぎょっとした様子でこちらを見てきた。
もう、あの血にまみれた未来にはしたくない。
だが、それでも。王太子やクリスフレア、そしてシャイルに魔の手が伸びるようなら。
(私は何度でも、何人でも、首を刎ねてやる)
マダムは目を細めてリネットを見た後、小さくため息をついて書類にサインをした。
「分かりました。……他の部署ならばともかく、王家付きの二つとなるとわたくしの推薦の後、試験を受けてもらうことになります。しかも、採用半月で王家付きになる例はあまりございません」
「それでも、受けさせてください」
「……そうですね、挑戦するだけならよろしいでしょう」
マダムは頷き、次の届けを受け取った。
マダムはすぐに上層部に話を持って行ってくれたようで、二日後にはリネットの王家付き護衛魔法使い採用試験が行われることになった。
「試験内容についてですが……筆記の後に基本的な魔法の扱いの実技、そして最後に模擬訓練を行うそうです」
王宮内郵便係が届けてくれた書類を手に、ミラが言った。
「リネット様なら、筆記と実技は問題ないかと思われます。気をつけるとしたら、模擬訓練でしょうね」
「模擬……ということは、何かの状況を想定して試験を行うのかしら」
「詳しいことは書かれていませんね。……私の予想としては、リネット様がいかなる場合でも護衛対象をお守りできるかを試すのでしょうね。魔法の能力だけでなく、その場での判断力なども必要かと」
(……なるほど。でもそれなら、場数だけなら踏んでいるわ)
なんといっても今のリネットの魂には、一度目の人生で王子妃として戦場を駆けた経験が刻み込まれている。戦場では、シャイルと一緒に馬を駆りながら敵を迎え撃つこともあった。
(魔法鞭もうまく動きそうだし、冷静に挑めばきっと大丈夫ね!)
「……念のために申しますが、リネット様の魔力が強いのは承知の上ですので、くれぐれも羽目は外しませんように」
先日マダムの前で「喜んで刎ねます」と言ったからかミラがじとっとした目で見てきたので、リネットは慌てて頷いておいた。
試験当日は、よく晴れていた。
まずは午前中に筆記試験と実技試験を行う。
(ごめんなさい、一度目の人生の知識を使わせてもらいます!)
王太子たちのそばにいるためには、手段を選んではいられない。それに、そもそも王家付き護衛魔法使いは狭き門で希望する者も少ない。
今回も挑戦者はリネットだけだったので、リネットが張り切ったからといって他の受験者が不利になることはなかった。
筆記も実技もなかなかよい出来だったので、リネットは満ち足りた気持ちで部屋に戻り、昼食を取った。
「リネット様、午後の模擬訓練についての通達を受け取りました」
もりもりと炙り肉のステーキを食べて英気を養っていると、ミラがやって来た。
「ありがとう。なんて書いている?」
「場所は、練兵場ですね。どうやら騎士団から一人お借りしてリネット様の護衛対象になっていただくそうです。それで、試験官の魔法使いや協力してくださる騎士団の皆様の猛攻などから、護衛対象を守り抜けばよいとのことです」
(……なるほど。だから「模擬」なのね)
護衛対象が王族となると傷一つ付けさせるわけにはいかないし、かといって攻撃を全てリネットが受けて倒れても試験には合格できない。
対象を最後まで守り抜きかつ、自分も両足で立てる状態で試験を終える。判断力などはもちろんのこと、魔力を使う配分なども考える必要がありそうだ。
食事を終えたリネットは、早速練兵場に向かった。
(懐かしい。ここも、何度も来たっけ)
そう、あれは確か、十九歳のとき。
いつものようにミラとエルマーに偽装恋人をしてもらったリネットたちは、練兵場に来た。
エルマーとシャイルが剣の稽古をしているのをミラと一緒に眺めていたのだが、リネットの意識はずっとシャイルだけに注がれていた。
砂埃の中でもシャイルの赤髪は目立ち、それをふわりと揺らしながらエルマーに斬りかかるシャイルは文句なしに格好よかった。
今回は、練兵場の半分ほどを借りてリネットの試験会場にするとのことだった。既に整地をしているようで、案内係らしい騎士がリネットたちの方にやって来て――
(……え?)
「ごきげんよう、リネット・アルベール様」
リネットたちの前で立ち止まってお辞儀をしたのは、若い騎士。少し長めの髪は日光を浴びてきらきら輝く金色で、目尻が垂れ下がった緑色の目には愛嬌と色気がある。
着ているのはシャルリエ王国騎士団の制服――だが、周りにいる他の騎士とは少しだけ意匠が違う。一度目の人生の記憶があるリネットは、彼の胸のバッジなどが王家付き護衛騎士の階級を示していると分かっていた。
愛想よく微笑む彼は、かつて毎日のようにその顔を見ていた――
(エルマー!? どうしてここに!?)
一度目では「リネット様はご覧にならない方がいいです」と使用人に止められて、彼の亡骸を見送ることはできなかった。
そんな彼が今、若かりし頃の姿でリネットたちの前にいる。
思わず名前を呼びそうになったが、今の自分とエルマーは初対面同士だ。
言葉と唾を呑み込み、リネットはお辞儀をした。
「ごきげんよう。これから王家付き護衛魔法使いの試験を受けさせていただく、リネット・アルベールでございます。どうぞよろしくお願いします」
「ええ、よろしくお願いします。あ、僕は第二王子エルドシャイル殿下付きの騎士、エルマー・バトンと申します」
エルドシャイル殿下、と呼ぶときのエルマーの声はとても優しい。
(ああ、やっぱり、この世界にもシャイル様がいらっしゃるのね)
当たり前と言えば当たり前なのだが、巻き戻ったこの世界にもシャイルが存在するのだということがはっきりと分かり、リネットは胸がいっぱいになった。
だが感動するリネットとは対照的に、ミラが冷静に切り出した。
「エルマー様、なぜ王子殿下付き護衛騎士のあなたがこちらにいらっしゃるのでしょうか」
「おや、お美しいご婦人ですね。リネット嬢、ご紹介くださっても?」
「あ、はい。彼女は私の侍女のミラですが……彼女の言うとおり、なぜあなたがこちらにいらっしゃるのかをお伺いしても?」
早速エルマーはミラに興味を持ったようなので内心微笑ましく思いつつ尋ねると、エルマーは少し困った顔になった。
「ええと、それなんですが。……ちょっと説明に困るなぁ」
「え?」
「まあ、まずはこちらへ」
そう言ってエルマーが先導してくれるため、リネットたちは彼について練兵場に足を踏み入れた。
一度目の人生で、エルマーはいつもシャイルに付き従っていた。
(確かシャイル様の乳兄弟で、お二人が六歳になって……シャイル様がうちに来るまでの間、一緒に育ったそうね。それで、十五歳で再会してからもずっとお付きになっているということだけど……え、まさか)
「……シャイル様がここに来てらっしゃる……?」
「それ、私も思いました」
少し先を歩くエルマーの背後で、リネットとミラはこそこそと言葉を交わす。
「王子付き護衛騎士が主君のもとを離れるなんて、そうそうないことです。ということは、エルドシャイル殿下がリネット様の試験の様子を見に来られたのでは……?」
「……あり得そうで怖いわ……」
(いやでも、一度目で私たちが再会したのは、もっと後のことだったわよね……?)
確か王宮使用人として仕事をしていた際、ばったりシャイルと再会したのだ。そのときはお互い驚いてしまい、まともに話もできなかったのを思い出す。
(あ、そうだ! 練兵場を借りて試験をするのだから、騎士団を鍛えているシャイル様もご存じで当然だわ!)
まさかこのタイミングで再会することになるとは思っておらず、ドキドキを通り越して胃のあたりが重くなってきた。こうなるのなら、昼食にがっつきすぎない方がよかった。