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伯爵令嬢のやり直し③

 リネットが働くようになって、明日で半月だ。


「リネット・アルベール。あなたは大変優秀な使用人です」

「恐れ入ります、マダム」


 仕事終わりにリネットはマダムに呼び止められ、ありがたい評価をもらった。

 お仕着せのスカートの裾を摘まんでお辞儀をすると、それを見たマダムは満足そうに頷いた。


「仕事ぶりも十分で、礼儀作法も美しい。……アルベール伯爵家では、よほどの英才教育を受けていたのでしょう。明日、配置希望を伺いますが……あなたなら大抵の場所には自信を持って送り出せるでしょう。一晩でゆっくり考えなさい」

「かしこまりました。では、失礼します」


 姿勢を崩さずに頷いて、きびすを返す。どうやらこの半月間で、マダムからはなかなかよい評価をもらえたようだ。


(しかも、大抵の場所には送り出せるって! これなら、王家付き護衛になりたいと申し出ても推薦してもらえるかも……?)


 王家付きの二つは、マダムからの推薦も必要だ。だがひとまずあの反応なら、採用試験を受けてもよいという許可はもらえそうだ。第一関門さえ突破できれば、後は自分次第だ。


 ……と、上機嫌で部屋に戻ったのだが。


「リネット様。少し、お伺いさせてください」


(あ、ああ……やっぱりそうなるわよね……)


 冷静な声が聞こえてきたので、エプロンドレスを脱ごうとしていたリネットはギクッとした。どうも自分は、この静かな声に昔から弱かった。


 ぎこちなく振り返ると、ドアを背にしたミラがじっとこちらを見てきていた。いつも静かに微笑んでリネットを見守ってくれているミラだが、今はその深い青色の目が少しだけ怖い。


 リネットの卓越した才能について、他の同僚やマダムなら「伯爵領で独学しました」と言えば強引にでも納得してもらえた。だが……五年来の付き合いであるミラは、そうもいかない。


(ここ最近、ミラが物言いたげな目をしているとは思っていたけれど……)


「え、ええと。今日は早めに休みたいかなぁ、って思っていて」

「だめです、お話ししましょう」

「……はい」


 逃げられないと分かりつつの抵抗は、あっさり却下された。


 観念してソファに座ると、ミラは手際よく茶を淹れてくれた。こんなときでも彼女が茶を淹れる手つきは丁寧だし、差し出された茶はリネットが好きな味付けにしてくれている。


「おいしい……」

「お疲れのところ、申し訳ありません……」

「ううん、いいの。……ミラがここ数日、私と話したそうにしているのには気づいていたし」


 温かくておいしい茶を飲んだからか、少しだけ気分もほぐれた。

 ミラも柔らかく微笑んでから、少し表情を引き締めた。


「……明日、マダムから配置希望についてのお伺いがあるはずですね」

「……そうね」

「リネット様は、どちらに希望を出されるおつもりで?」


 やはり、この話題だった。


(ここ数日、これについて聞かれてもはぐらかしていたのよね……)


 最初は「いつか相談してくださいね」と微笑んでいたミラも、だんだん表情が消えていった。


(私が配置について悩んでいるのではなくて、決めているけれどミラには言わずにいたってことに、気づいているのよね……)


 カップを置き、リネットはすうっと深呼吸をした。


「……王家付き護衛よ」

「護衛……。……なるほど、そう来ましたか」


 ミラはため息をついたが、さほど驚いている様子はない。彼女ももしかすると、王家付き使用人か護衛かのどちらかだろうと、予想していたのかもしれない。


「だ、だめかしら?」

「……確かに、同じ護衛でも騎士と違って魔法使いなら、リネット様のように出不精で体力なしでも、魔力があれば採用される可能性がありますからね」

「そ、そうよね!」

「……初めてこの部屋に来た日でしたか。リネット様が、私の見たことのない魔法を使われていました。それも、関係していますか?」


 どうやら、初日に試しに魔法鞭を出してみたところを見られていたようだ。


 またもや観念して、リネットが右手の人差し指から毛糸ほどの太さの魔法鞭をひょろひょろと出すと、さしものミラも興味深そうに身を乗り出してきた。


「これは……魔力を練って作った紐ですか?」

「う、うん、まあ、そんなところよ。ほら、こうやって……とっても便利なの」


 いきなり「魔法鞭です」なんて物騒な名前を出したら怪しまれると思いリネットは頷き、ひょろひょろの紐先で紅茶のカップの持ち手を摘まんだり、ミラの結った髪の房を巻いてみたりした。


 魔法鞭はリネットの魔力の出し加減によって、紐のようにも刃のようにもなる。

 一度目の戦争時は、敵を縛るときは堅い紐状態にして、首を落とすときには刃物のように研ぎ澄ませた。ミラの体に触れている今はもちろん、柔らかい紐のような感触になっているはずだ。


 ミラは光る鞭の先に不思議そうに触れていたが、やがて難しそうな顔になりつつも頷いた。


「……確かにリネット様は昔から、様々な書物を読まれていました。私ではこんな繊細な魔法は無理でしょうが、あなたならやりかねません」

「ミラも練習すればできると思うわ」


 一度目でも、妊娠が発覚するまでのミラはリネットと一緒に魔法の練習をしていた。その結果ミラは、魔法鞭まではできなかったが魔力を細くて短い紐状態にするには至っていたのだ。


 なお彼女はリネットより手先が器用で、鍵穴に魔法紐の先端をねじ込んで解錠する、などといった細かい作業が得意だった。

 リネットは手放しで褒めたが、褒められた方のミラは少し複雑そうな顔をしていたものだ。


「……これほどまで個人で鍛えられていたのでしたら、王家付きの試験も受けられるかもしれません。しかし、なぜ使用人ではなくて護衛なのですか?」

「そ、それは……」

「……。……もしかして全て、エルドシャイル殿下のためですか?」

「えっ?」


 王太子暗殺、侯爵、クリスフレア……と様々な単語が頭の中を飛び交い、どう説明しようかと考えていたリネットは、はっとした様子のミラの顔を凝視した。


(どうしてここに、シャイル様が?)


「私はエルドシャイル殿下とお会いしたことはございませんが……リネット様の初恋の君なのですよね?」

「え、ええ」


 それについては子どもの頃からミラに話しているので、リネットはドキドキしながら頷いた。


「ということは、エルドシャイル殿下をお守りしたくて護衛を目指しているのですか?」

「……。……そ、そうなの! そういうことなのよ!」


 迷ったのは一瞬のことで、リネットはミラの勘違いにありがたく乗っかることにした。


 今回はシャイルと離れようと考えているのに彼の存在を理由にするのは、何か間違っている気がする。だが、一度目の人生があれこれだと言うよりは自然だろう。


「シャイル様は騎士団で働かれているそうだけど、魔法にはあまりお強くないの。それに……私たちが伯爵領で一緒に育ったということは、明かしてはならない。でも護衛だったら、自然とおそばにいられるはずだから」


 自分の目的とは真逆のことを話すのは、ミラに対してもシャイルに対しても申し訳ない。


 だが、王家付き護衛といってもシャイル一人に付くわけではないし、一度目より王太子やクリスフレアと接する時間が増えるならそれだけで意味は十分あるだろう。


「この魔法む――紐は、先端を鋭くさせることもできるの! それに、本気になれば鎧ぐらいぐしゃっと潰せる――かもしれないから!」


 かもしれないではなく、実際にケーキにフォークを刺すかのように鎧を貫通できるし、ブドウを房から千切り取るかのように人間の首も切り離せるのだが、言わないでおいた。


「だからまずは王家付き護衛として希望を出して、無理だということになったら王家付き使用人を目指したいの」

「……そういうことなら、分かりました。私もお支えしますね」

「ありがとう、ミラ!」


 ……本当は、もっと別の理由がある。


 だが、一度目の人生について話すことになったら……ミラが辿ることになるかもしれない未来についても、触れなければならない。


(ミラとエルマー、なんだかんだ言ってお似合いの二人ではあったけれど……下手に口を出したら良好な関係じゃなくなるかもしれないし)


 エルマーの死を聞いて、この世の終わりのような絶叫を上げていたミラ。

 彼女と同じ道は、辿ってほしくなかった。

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