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未来を共に③

 シャイルはしばし黙っていたが、やがて近くにあるガゼボにリネットを誘った。いつぞやクリスフレアに呼ばれて茶を飲んだものよりも小さいが、品のある鳥かごのように愛らしい造りをしている。


 二人がガゼボ内のベンチに腰を下ろすと、シャイルが切り出した。


「……クリスフレア殿下が狙われたとき。おまえは、殿下をかばったな」

「……かばいましたね」


 余計なことは何も言わず、リネットは静かに肯定した。

 あの魔法の使えない部屋でリネットにできるのは、クリスフレアの盾になることだけ。この人を失うわけにはいかない、という一心で飛び出していた。


 リネットが静かに受け入れたからか、シャイルは大きなため息をついた。


「……本当に、あのとき間違いなく寿命が縮んだ。少量を受けたエルマーでさえ倒れるほどの物質をおまえが受ければ――死んでいたのはおまえだったかもしれない」

「……はい」

「だが、それがおまえの決めた道なんだな?」


 シャイルに問われて、リネットははっきり頷いた。


「はい。……私はこれから、自ら命を捨てるようなまねはしません。ですが……あなたと共に生きる未来に懸けるためには、この前のような行動を取るでしょう。……きっと、これからも。……申し訳ありません」

「……」


 シャイルはしばらくの間難しい顔をしていたが、やがて「困ったな」とガゼボの天井を見上げて呟いた。


「聞いているか、一度目の俺。……おまえが『死ぬな』と願った妻は、こんなことを言っているぞ」

「え、ええと……」

「だが、あのときおまえが立ち塞がらなかったら、そのまま侍医は殿下に毒を投げつけていた可能性が高い。結果としておまえの行動が殿下の命を――この国の未来を救った」


 シャイルは、視線をリネットへ戻した。その顔には、笑っているような困っているような曖昧な微笑が浮かんでいる。


「俺はシャイルという個人としては、おまえの決意をもどかしく思う。だが……国王付き護衛隊長のエルドシャイルとしては、王太子付き護衛魔法使いのリネット・アルベールの勇気ある行動とその意思を賞賛する」

「シャイル様……」

「……結局のところ、俺はどちらにもなりきれないのだな。陛下の護衛としては賛成のことでも、シャイルという男としては猛反対したくなる……」

「……すみません。もう少し考えて行動します」

「いや、おまえはそれでいい」


 シャイルは苦笑した後に、テーブルに載せていたリネットの右手に自分の手を重ねた。

 剣だこのある大きな手が、リネットの手をすっぽり包み込む。


「……死ぬな、というのはできない約束だな。おまえに対してもだし……俺自身に対しても」

「……はい」

「だから、約束し直したい。……リネット。俺はおまえの判断を信じ、その信念を肯定する。だからおまえは、おまえが正しいと思うことを貫いてくれ」


 その言葉は、確実にリネットの心に響いた。


 一度目のリネットは、「こうするしかないけれど、これは間違っている」「誰か止めてほしい」と思いながら、自分に魔法を掛け――そして、後悔した。


 リネットがするべきなのは、後悔しない選択をすること。

 たとえ――今回のように考える隙すら与えられない状況でも、最善の道を取ること。


「それと、もう一つ。……どのような選択をしても、俺がおまえを愛しているということは忘れないでくれ。俺と共に生きる道を諦めないでくれ」

「シャイル様……」


 それは、一度目のリネットが諦めてしまったもの。

 たった一人で結論づけて、そのくせ後悔して、やり直しの人生でもなお魂の奥底で欲していたもの。


 リネットは頷き――それでは足りないような気がして、何度も頷いた。


「はい……誓います! 私はあなたと生きる未来のため、私の信念に基づいて行動します!」

「ああ、それでいい。……俺も、おまえを叱る権利なんてない。俺の方こそ、おまえを置いてさっさとのたれ死にしそうな人間だからな」


 シャイルはそう言うと、ぎゅっとリネットの手を握った。


「……俺も、誓おう。俺はおまえと生きる未来のために、俺の信念に基づいて行動する。……おまえと、共に」

「……はい。シャイル様。私も、あなたの使命と判断を尊重します」


 ごく普通の恋人同士のような、甘いだけの関係ではいられない。

 場合によってはそれぞれの主君のため、涙を呑む決断をしなければならないこともあるだろう。


(それでも私は、戦う。全ては――あなたと生きる未来のために)


「……シャイル様、好きです」

「……と、突然だな」

「たくさんたくさん、言いたくて」


 シャイルは一度目の人生の自分は言葉が足らなかったと反省していたが、それはリネットも同じだ。


 これからは思っていること、今日起きた出来事、好きなこと、嫌なこと、そしてやってほしいことを、きちんと伝えたい。

 心も体も離ればなれにならないために。


 シャイルははにかむと一旦手を離して立ち上がり、リネットの隣に移動してぎゅっと抱きしめてきた。


「リネット……」

「シャイル様」

「……ずっとずっと。おまえを、おまえだけを……愛している」

「私も。子どもの頃も、一度目の人生も……ずっと、あなただけを愛しています」


 そして、愛しているからこそ。

 愛する人と生きる未来を掴みたいからこそ。


「共に、戦おう」

「あなたと共に、戦います」


 ガゼボの中で口づけと共に交わされた言葉は、これから先のリネットの指標になる。


(私はきっと、私の進むべき道を知るために人生をやり直した。私はあなたと一緒にありたい)


 今度こそ、皆で幸せになるために。

これにて完結です。

お読みくださりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白くて仕事の昼休みや家事の合間にちょこちょこと読み進めて、ようやく今日最後まで読めました! やり直し物は数あれど、二人がたどった一度目の人生が違うルートだったというのも新鮮でしたし、一度…
[良い点] 完結お疲れ様でした! 読み返して、『愛する人の手を取るために』というタイトルを改めて見て、あぁあ〜〜! とジタバタしました。 イチャイチャなシーンは可愛らしく、不穏な存在に立ち向かうシーン…
[一言] リネットもシャイルもかっこよくて可愛くて素敵でした! 侯爵もこれで懲りてくれるといいですね(^^;
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