未来を共に②
書類に記した自分の字を感慨深げに見ていたリネットだが、クリスフレアがパンッと手を打った。
「よし! ではこれでひとまずやるべきことは終わり……ですよね、父上?」
「それはそうだが、おまえはもう少し最後まで緊張感を持つようにしなさい」
「何をおっしゃいますか。叔父上はともかくリネットは緊張しているでしょうし、これくらいで釣り合いが取れるのですよ」
いけしゃあしゃあと言ったクリスフレアは、片手を挙げた。
「そういうことで、ひとまずの用事は終わり! ご苦労でした!」
「え、ええ」
「ええと、失礼します……?」
なぜか上機嫌のクリスフレアにぐいぐい背中を押されて、リネットたちは廊下に出た。去り際に慌てて振り返り国王にお辞儀をすると、呆れ顔の彼は「すまないな」と口の動きだけで伝えてきた。
クリスフレアは二人を廊下に押し出すとドアを少し閉め、その隙間から顔を覗かせてにっこりと笑った。
「では、本格的な仕事は明日から、ということで。……ああ、そうです。今日は叔父上もリネットも仕事を免除しておりますので、このままお二人でお出かけでもなさっては?」
「……え?」
「……殿下、さては最初からこのつもりで……」
「あらまあ! 今気づきましたがお二人とも、とてもおしゃれをなさっていますのね! これならそのまま庭園散策をしてもおかしくないでしょうね!」
「……わざとらしいですよ」
シャイルがつっこむがクリスフレアはどこ吹く風で、「ごゆっくりー」と言いながらドアを閉めてしまった。
(……なんというか)
「クリスフレア殿下って……意外とお茶目ですか?」
「きっとご本人は、嬉しいんだ」
「嬉しい、ですか?」
シャイルは頷き、閉ざされたドアを見やった。
「殿下は王孫として――今も王太子として、国民の前では背筋を伸ばしていなければならない。それがご自分の務めだと、よく分かってらっしゃる」
「……はい」
「だが殿下は本当は、おまえの言うとおりお茶目なお方なんだ。……自分の素をさらけ出せる相手が増えたのが、嬉しいんだろう」
シャイルはそう言うとリネットに向き直り、手袋の嵌まった右手を差し出してきた。
「……では、そんなお茶目な王太子殿下のご推薦もいただいたことだし。……これから庭園散策にでも参りませんか、王太子付き護衛魔法使い殿?」
早速リネットの新しい称号で呼んでくるシャイルもまた、ひょっとするとかなりお茶目な人なのかもしれない。
リネットはくすっと笑い、差し出された手に自分の右手を重ねた。
「喜んで。とっても素敵な、国王付き護衛隊長殿?」
「……ふっ。なかなか言うな」
シャイルは笑い、リネットの手を引いて廊下に足を進めた。
四人で出た庭園は、庭師たちの尽力により美しく整えられている。
もうすぐ冬になるからか、葉の落ちる木は早めに枯れ葉を落とされており、少し寂しげだ。だがそんな木々をカバーするかのように花壇には秋から冬にかけて咲く花が植えられており、新種のバラなども秋の風を受けて心地よく揺れていた。
庭園の入り口で、エルマーとミラが足を止める。二人はお辞儀をすると、「お二人でごゆっくり」と送り出してくれた。
「……ありがたい配慮だが、案外『二人でゆっくり』というのはエルマーたちも同じかもしれないな」
二人の姿が遠のくまで歩いてからシャイルがぼそっと言ったので、ついリネットは噴き出してしまった。
「それ、私も思いました。……よかったですね、二人も仲が深まっていて」
「そうだな」
……シャイルとエルマーが復帰した日、リネットはともかくミラも感極まったようで、皆が見る前でエルマーに抱きついた。
一度目の顛末を聞いたミラは最初の頃こそエルマーをやや警戒していたようだが、彼がなおも真摯に接してくることで心を動かされたようだ。
そして少し前からエルマーに交際を申し込まれたようで、驚き戸惑いつつも承諾した……と教えてくれた。
「エルマーなんて、ミラによい返事をもらえた日は一日中、浮かれていたな。……まあ、あいつに後悔のない恋をしてもらうことも俺の目標の一つだったから、これでよかったと思っている」
「私も、ミラとエルマーには今度こそ幸せになってもらいたかったです。……一度目の人生では、ずっと私が振り回してしまいましたし」
リネットの方のミラはリネットが城に残ると言ったら城に残り、シャイルの方はリネットが伯爵領に帰ると言ったら彼女も帰った。
その結果――どちらの未来でも、恋をした人と死に別れてしまう結果になった。
だが、今回はきっとミラ自身が選んだ道を歩いてくれるはずだ。……エルマーと一緒に。
(まだ、未来のことは分からない)
「……『愉快なおじさん』に関するものも、決定的な証拠が得られませんでしたね」
リネットがぽつんと言うと、シャイルは足を止めて小さく頷いた。
「……実行犯を死なせてしまったからな。だが、それとなく釘を刺すことはできた」
シャイル曰く、事件の後に王宮で顔を合わせた際に侯爵は、「私欲のために王家に反駁するとは、何という見下げ果てた男だ!」とのうのうと言っていたという。
証拠がない以上、侯爵を責めることはできない。だが――シャイルは釘を刺した。
『王家に仇なす者は何人だろうと許しはしない。もし侍医をそそのかした者などがいるのなら、その者の首を刎ねてやろう』と。
もちろん侯爵一人に対して言ったわけではなくて、意思表明のような形でその場にいる者全員に告げたものだ。
侯爵は「ごもっともですな」と言っていたが――シャイルがじっと見つめると、明らかに目を逸らしていたという。
シャイルはそこで侯爵を捕まえ、不届き者がいればどのように始末するか、ということについて熱く語り、「その際には侯爵にも助力願いましょう。共に蛮族の首を取りましょうね」とにこやかに言って肩を叩いた結果、侯爵は冷や汗を掻きながら逃げていったという。
「……これで、牽制にはなっただろう。新国王陛下と王太子殿下が立った今、以前よりも侯爵の発言力も弱まっているからな」
「ええ。……それに、私たちもいますから」
リネットたちは、国王と王太子のそばで守る理由と立場を得た。
それは……一度目の人生と違う未来を掴む、大きな一歩になるはずだ。




