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過去を乗り越えて④

 その日、シャイルはいつものように王太子とクリスフレアと共に晩餐の席にいた。


「……ということで、今日もだめでした、父上」

「クリスフレア……おまえの理想が高いのは分かっているが、もう少し手加減をしてやれ」


 シャイルの向かいでは、王太子とその娘が和やかに話をしながら食事をしていた。


 先代国王の時代は正餐の席でさえ空気がピリピリしており、少しでも国王の機嫌を損ねた者はその場で、肉切り包丁で首を裂かれていたという噂さえある。


 そして現国王が即位すると、彼は美女たちを食事の席に呼んだ。見事な踊りを見ながら酒を飲むくらいならまだしも、国王は食事中だというのに美女をそばに侍らせており、それに嫌気がさした王妃は早々に別室で食事をするようになった。

 なお、国王の給仕をして気に入られると追加の給金がもらえたがそれでも、王妃の給仕の職の方が圧倒的に人気だったという。


 王太子はそんな、二代にわたる国王が作り上げたとんでもない食事風景を一新させたいと思った。


 妃がいる頃は二人で世間話をしながら食事をして、クリスフレアが正餐に加われる年になったら三人で談笑する。たまにクリスフレアがゴブレットを倒したり嫌いな食材を前に泣いたりしたこともあったが、それでも王太子も妃も給仕も皆、笑顔だったという。


 やがて王太子妃は王宮から離れて親子のみになり、そこにシャイルが加わった。

 親子ではないシャイルは積極的には会話に参加しないが、それでも三人で囲む食事の席の空気はシャイルも嫌いではなかった。


 ……とはいえ今日のクリスフレアは、あまり機嫌がよろしくない。理由は、今日一日婿候補とのお見合いをさせられたからだった。


「なにをおっしゃいますか、父上。国王推薦の男なんてどうせろくでもないのに、ちゃんと全員の相手をしただけ私は偉くないですか?」

「気持ちはよく分かるし、そなたもよく頑張った。だが、貴公子たちもまさか見合いの場でおまえと剣の打ち合いをさせられるとは思っていなかっただろう」


 シャイルはその場には居合わせなかったが、おそらくクリスフレアは「私は強い男が好きだ」とか言って、婿候補たちに決闘を申し込み――そして、全員倒したのだろう。

 クリスフレアは優秀な魔法使いだが、剣術もたしなんでいるのだ。


 クリスフレアが愚痴を言い、王太子はたしなめながらも娘の気持ちも分からなくないようだ。周りの給仕たちはさすがに無表情だが、頭の中ではいろいろつっこみを入れていることだろう。


 食事の後でワインが運ばれたが、シャイルの前にはない。シャイルはこれから騎士団に用事があるため、酒は控えていたのだ。


「……では、私はそろそろ騎士団の方に参ります」


 一足先にシャイルが立ち上がると、自分の理想の婿像について父親に熱く語っていたクリスフレアは叔父を見て、頷いた。


「かしこまりました。もう外も暗くなっておりますので、お気を付けください、叔父上」

「それに、最近は冷え込んできた。仕事熱心なのはよいことだが、そなたも早めに部屋に――」


 親子揃ってシャイルの心配をしていた途端、王太子の手からゴブレットが滑り落ちてカコン、という音が鳴り響いた。


「父上……?」

「いや、すまぬ……グッ……!」


 給仕が慌ててゴブレットを拾いに来たが、王太子は立ち上がるとテーブルに手を突き、ゴホゴホと激しくむせ始めた。

 尋常ではないその咳き込み方に、クリスフレアはさっと青ざめる。


「父上!?」


 ひっくり返った声を上げたクリスフレアも席を立ち、慌てて父親の背中を叩く――が、王太子はそのまま腕の力を失って床に倒れ込み、嘔吐してしまった。


「父上! ……くっ、すぐに父上を部屋に! 侍医を呼び、厨房の者を全員拘束せよ! その他の者も一人たりとして、王宮から出すな!」

「は、はい!」


 クリスフレアの指示を受けて、使用人たちは動き始めた。


 廊下にいた騎士たちが担架を抱えて部屋にやって来て、タオルを手にした使用人たちも後から駆け込んでくる。

 青い顔のクリスフレアを女官長が支え、「食事をすぐに調べろ!」「厨房の者を一人たりとも外に出させるな!」と官僚たちも走り回る。


 ――そんな大混乱の食事会場だったからか。

 王太子の異母弟であるシャイルが忽然とその場から消えていたことに、誰も気に留めなかった。













 王太子の寝室は、ほんのりと暗い。

 運び込まれた王太子は昏睡しているのか、目を閉ざしたままびくともしない。だが胸は上下しており、生きていることは明らかだった。


 今頃食事会場では、クリスフレアの指揮のもとで調査が進められているだろう。一方この近辺は侍医の命令により人払いがされており、しんとしている。


 そんな寝室のドアが、ゆっくり開いた。入ってきたのは、王家に長年仕える老年の侍医。


 彼は、持ってきていた燭台で部屋に明かりを付けた。普段ならば魔法で付けるのだが、王太子の部屋などは防犯のために魔法が封じられているのだ。


「王太子殿下、お体の調子はいかがですか?」


 侍医が尋ねると王太子はうっすらと目を開け、そこにいるのが見慣れた侍医だと分かると表情を緩めた。


「……なんということもない。クリスフレアたちには迷惑を掛けたが……休めば、なんとかなるだろう」

「それはよかったです。おそらく、ここ数日の公務のお疲れが原因でしょう。……さあ、クリスフレア様に元気なお顔をお見せするためにも、体調を整えましょう。こちらをお召しください」


 そう言って侍医が差し出したのは、薬草を煎じた粉薬。特に匂いもないからか、王太子は目をしょぼしょぼとさせた。


「……それは、薬草か?」

「はい。殿下は嘔吐なさったばかりですので、こちらを水に溶いたものを少しずつ服用されるのがよろしいでしょう。私の方で口内に塗布しますので、殿下はお休みになっていてください」

「……分かった」


 王太子はそれだけ言うと、疲れたのかまた目を閉じた。疲労のためか、また気を失ってしまったようだ。

 侍医は微笑むと、薬草の入った椀をベッドサイドに置き――


「……そこまでだ」

「……!? な、何だ……!?」


 立ち上がった侍医は、寝室のクローゼットを内側から開けてずかずかと歩いてきた人物を目にして息を呑んだ。


「あ、あなたは……エルドシャイル殿下!?」

「ああ、そうだ。……悪いがその薬を殿下に飲ませるわけにはいかない」


 そう言ってシャイルは侍医の胸ぐらを片手で掴み上げ、ドアの方に向かって声を上げた。


「……侍医は確保した! 突入せよ!」

「はっ、殿下!」


 シャイルの合図を受けてドアが開き、エルマーと――リネットに付き添われたクリスフレアが入ってきたため、侍医は驚愕に目を見開いた。


「なっ……!? こ、これはどういうことだ!?」

「見ての通りだ。……おまえが、王太子殿下を毒殺しようとしたのだな」


 シャイルが冷たく言い、エルマーが手袋の嵌まった手でそっと毒草入りの椀を回収した。


 ――リネットとシャイルは、一度目の人生で「晩餐の席で激しく咳き込んだ王太子が、毒で死んだ」という情報を得ていた。

 そこから、「食事に毒が仕込まれていた」と思い込んでいたのだが、そうではないとしたら……というのが、リネットの推測だった。


「おまえは最近、殿下が服用される薬の量を増やしていたそうだな? ……あの薬は痰を吐き出させる――つまり気管を広げる効果がある。それだけでは毒にはならないが、あまりに多くの量を摂取すると飲食時に咳き込み、嘔吐する可能性がある」


 そしてその直後に死亡した場合、皆は思うのだ。

「王太子殿下が召し上がった料理に、毒が入っていた」と。


 だが実際彼は強すぎる薬のために吐いてしまっただけで、この時点では毒を飲んでいない。

 飲んだのは――寝室に運ばれて侍医の診察を受けたときだ。


 普段から王太子の体調管理を行う侍医ならば薬の量を調節できるし、「毒を摂取した後の」王太子の世話係を申し出たとしても疑う者はいない。むしろ彼に言われたなら進んで、寝室に王太子と侍医を二人きりにしただろう。


 そうして食事会場が大混乱になっている間に寝室で毒を飲ませて殺せば――いつどこで毒を飲まされたのか分からない殺人事件が成立する。


 デュポール侯爵は、侍医を買収していたのだ。しかもこの作戦では、食事会場に――ましてや王宮に侯爵がいる必要はない。むしろ、いない方がいい。

 万が一取り調べを受けることになっても、「王宮にいなかった私に何ができるのだ」と言い張れるから。


 だが、一度目と同じ現場を目にしたシャイルは、すぐに動いた。料理を調べるのではなくて王太子の部屋に先行してクローゼットの中に潜み、侍医が薬を手にやってきたところを捕縛するに至ったのだった。

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