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伯爵令嬢の幸福②

「そなたらのこと、噂になっているぞ」


 ティーカップを手にいたずらっ子のように笑って言うのは、シャルリエ王家唯一の未婚女性であるクリスフレア。


 彼女に招かれて、リネットとミラは庭園にあるガゼボに来ていた。

「今日は叔父上の護衛ではなくて、アルベール伯爵令嬢として来てくれ」と言われたため、ミラは気合いを入れてリネットのドレスを見繕い、化粧もしてくれた。


 伯爵家にいた頃からリネットは、華やかな流行りのドレスよりも動きやすく洗濯しやすく乾きやすい、丈夫な布地のワンピースなどを愛用していた。

 もちろん舞踏会や茶会用のドレスも持っていたが、めったに客の来ないアルベール伯爵邸でいつもきちんとしたドレスを着ていると肩が凝ったし、魔法の練習もしにくかった。


 今日リネットが着ているのは、数日前にシャイルに贈られたドレスの一つだった。堂々と交際するようになってからのシャイルは、まめに贈り物をしてくれている。

「俺は女性の装飾品には疎いんだ」と言いながら、彼が選んだドレスもアクセサリーもどれもリネットの好みにぴったりで、ベッドに広げたそれらをうっとりと見つめるだけで幸せだった。


 高身長で胸も大きめのミラと並ぶことが多いからか、リネットは小さくて貧相な体つきに見られがちだ。だが実際、身長は平均程度はあるしその他の体型も常人並みだ。

 一度目と違って肌も爪もきれいにしているので、きちんと磨けばそれなりに見栄えはするはずだと自分では思っている。


 シャイルが贈ってくれたドレスの中から今日選んだのは、甘いキャラメル色で胸元まできっちりと覆われたもの。袖口や喉元のレースも控えめで、赤茶色の髪も緩く結い上げて小さめの帽子を飾るだけ。

 もっと豪華なドレスや装飾品もあったのだが、今回は王孫・クリスフレアに招かれているため、彼女の方が目立つようなものにするべきだった。


 全体的に落ち着いた色合いで統一させたリネットと違い、クリスフレアはそのはっきりとした容姿が映える赤系統のドレスを着ていた。

 夜会用ではないので露出は控えめだが、ほっそりとした美しい上半身のラインを際立たせるドレスは魅力的で、髪を飾る深紅のバラもよく似合っている。同じものを同じようにリネットが装備しても、ちんちくりんなだけだろう。


(ええと。そなた、ならともかく、そなたら、ということは……?)


 リネットは、傍らに控えるミラをちらっと見てからクリスフレアに視線を戻す。


「私とミラのこと……ですか?」

「そうだ。王子と伯爵令嬢、そして王子付き護衛騎士と伯爵令嬢付き侍女。社交の場は、この二組の恋愛事情にもちきりだな」

「……。……私だけでなくて、ミラたちの方もなのですね」


 侍女という身分なので、ここではミラは何も言えない。だが横目で見た彼女の顔は真顔だがほんのり赤く、ものすごく物申したそうな目をしていた。


 そこでリネットがミラの心情を予想して代返するとクリスフレアはくすくすと笑って、指先で摘まんだティーカップをミラの方に向けた。


「貴族たちは、面白い話に飢えている。そこに投げ込まれた、二組の恋物語。これに食いつかないわけがないだろう」

「……ええと。それは、応援されている……ということなのでしょうか?」

「もちろんだとも。まさか、私の前でそなたらの恋を愚弄する者がいるわけないだろう」


 やはり、クリスフレアの目の前でリネットたちを馬鹿にするほどの命知らずはそうそういないようだ。


「……で? そなたら、恋人とはどうなのだ? 後学のために聞かせておくれ」

「私たちはともかく、ミラの方はそこまで進んでおりませんので……」


 相変わらず沈黙を貫くミラの代わりに、リネットは説明しておいた。


 案の定というか何なのか、シャイルから一度目の人生についてさらに詳しく聞いたエルマーは大興奮で、「それなら僕にもチャンスがあるんですね!」と謎の張り切りを見せたそうだ。

 シャイルからは「いくら一度目の事例があるとはいえ、リネットの侍女に無体を働くようなら許さない」と釘だけ刺しておいて、後は二人に任せることにしたようだ。


(見た感じ、エルマーもミラにかなりぐいぐい行っているのよね……)


 そのあたり、主従でよく似ているのかもしれない。


「そうか。……ではリネットよ。そなたが叔父上の恋人になって……本当によかった」


 クリスフレアはカップをリネットの方に向けて、微笑んだ。


「昔から、私と叔父上をくっつけようとする輩はいた。ブール伯爵家の馬鹿息子もそうだが、私への恋が叶うことがないから叔父上はそなたを代用した、という理論の連中だな」

「……はい」

「まったく、何度言っても耳を貸さない者たちだ。しかもいっそうたちが悪いのは、そいつらは私のために行動しているつもりということだ。……だが、今回あの馬鹿息子を公開処刑したことで牽制にもなった。それに……そなただけを瞳に映す叔父上の様子を見れば、あの噂がいかに馬鹿馬鹿しいか分かるだろう」


(そ、そんなにはっきりしているのね……)


 クリスフレアに言われて、リネットは恥ずかしいようなくすぐったいような気持ちになり少し身じろぎした。


「……恐れ多くもお付き合いさせていただいておりますが、護衛としても殿下をお守りできるよう、努めて参ります」

「ああ、その意気だ。……なに、そなたはそこらの男より強いし、度胸もある。何一つ後ろめたく思う必要はないのだから、堂々とすればよい」

「ありがとうございます」


 貴族の中にはリネットのことを「山猿」と呼ぶ者もいるようだが、山猿上等だ。

 リネットに手を出す者はシャイルやクリスフレアが許さないし――リネット一人でも、魔法さえ封じられなければ戦える。


 クリスフレアの言うとおり、これからは胸を張ってシャイルの隣に立っていたい。

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