過去をやり直す者たち③
「……後に、別の牢獄からミラの遺体も見つかった。損傷箇所は、左腕だけではなかった。……エルマーはミラの遺体を抱きしめて、ずっと泣き叫んでいた」
「……」
「戦いの決着は、ついた。クリスフレア殿下が女王となり、シャルリエ王国は平定された。……だが俺は生きる目的を失ってしまい……まもなく倒れた。最後の方の記憶は曖昧だが……おそらく、クリスフレア殿下の即位後一年も経たずに死んだと思う」
静かに語るシャイルに、リネットは何も言えなかった。
(そんなことに、なっていたなんて……)
だから、だったのだ。
再会したときに強く抱きしめられたのは、一度目の前で死んだリネットに再び会えたから。
リネットがショートカットについて話をしたときに、シャイルが声を荒らげたのは――きっと、一度目の記憶がよみがえってきたから。
「今回は、絶対にリネットを手放さないと決めた。……そのリネットが王家付き護衛魔法使いに志願していると聞いたときは誤報かと思ったが、少しでも早くおまえの姿を見たいと思って練兵場に駆けつけた」
シャイルは拳を固め、苦渋のにじむ眼差しでリネットを見つめていた。
「……全ては俺の過ちが原因だった。だから、自分自身を変えることにした。リネットのことが好きだときちんと態度に表し、こそこそと隠れるようなまねはしない。それに……エルマーとミラにも、幸せになってもらいたかった」
リネットの方ではエルマーが戦死し、シャイルの方ではミラが殺された。
リネットもシャイルも、死に別れた部下たちに今度こそ結ばれてほしいと思っていたのだ。
「……やっと、分かりました。私、変だと思っていたのです。もしかしたらシャイル様も一度目の記憶があるのかもしれないけれど、それにしてはおかしいって」
「ああ、俺もだ。……だが、やっと納得がいった。俺たちは……あの人生の分かれ目となる日、別の道を歩んできたのだな」
リネットは、二人が共に戦う道を。
シャイルは、二人が別れる道を。
どちらにしても侯爵は討ち取れたが、リネットは死亡する。部下二人のうち片方も、侯爵軍により殺される。
「……だからシャイル様は、確信を持たれていたのですね。私が……その、あなたのことを好きだって」
死ぬ間際だからといって、過去の自分は大胆なことをしたものだ。
「ああ。……リネットが俺の告白の返事を保留にしたのも、一度目の人生で俺の手を取ったのが過ちだったと思っていたからなんだな」
「……はい。私が妃になったから、シャイル様は中傷を受けたのだと。クリスフレア殿下も……味方を失ったのだと」
「自分を責めないでくれ。……それにもう、俺たちは同じ過ちはしない。……しないように、手を取り合える」
言葉と共に、テーブル越しに右手が差し出された。
ごつごつとした、たくましい手。
一度目のリネットが、共に戦いたいと願った人の手。
「共に、生きていこう。……侯爵の好きにはさせないし、王太子殿下だって死なせない。俺たちは一度、別の道を歩んだが……今度は、別の未来を目指せるはずだ」
「シャイル様……」
「だから……返事、聞かせてもらっていいか?」
それまでは凜とした態度だったのに急に恥じらうように言われて、リネットの顔が熱くなってきた。
「へ、返事とは……」
「俺はおまえのことが好きだ、という告白に対する返事だ」
真面目に言われて、リネットは瞬きして――立ち上がった。
もう、自分の心を偽る必要はない。
もう、彼への愛を隠さなくていい。
リネットはシャイルの右手を両手で握り、自分の胸元に引き寄せた。
「っ……! 私も、愛しています!」
「リネット……」
「嬉しかった……あなたに愛していると言ってもらえて、私と同じ気持ちでいてくれると分かって! 私も……子どもの頃からずっと、あなたのことが好きだったから! また会えたら、もう離れたくないって思っていたから……!」
「リネット……!」
シャイルも立ち上がり、素早くテーブルを回ってリネットを抱き寄せた。
温かくて大きい、シャイルの体。
その背中に腕を回してかじりつき、大好きな人の香りを胸いっぱいに吸う。
一度目でも、ここまで感情をさらけ出して抱き合うことはなかった。
だがもう、大丈夫だ。
「愛している……ずっと、おまえだけを、愛している!」
「シャイル様……」
涙で濡れた顔を上げると、熱く燃えるハシバミの双眸と視線がぶつかる。
さらり、と赤い髪がリネットの頬をくすぐり、熱い吐息が鼻先に触れる。
重ね合わせた唇は、涙の味がした。
ずっとずっと欲していたぬくもりは、どこまでも優しくリネットを抱きしめてくれた。
「もう大丈夫」と、一度目のリネットをも包み込んでいるかのように。
ひとしきり思いをぶつけ合った後、二人は体を離した。
「……」
「……」
「ええ、と、その……」
「……あの、これから……改めて、よろしくお願いします……」
「ああ、うん、よろしく」
少し冷静になると、「愛している」と言い合ったことが非常に恥ずかしくなってきて、二人はほぼ同時に顔を逸らした。
立っているのも何なのでひとまず座り、しばらく無言でもじもじする。だが、リネットの左手とシャイルの右手はしっかりと握り合わされていた。
「その……これから、頑張っていこう」
「はい。……あなたと一緒に」
「……侯爵のこととか、いろいろ話を詰めるべきだろうが……まず、あいつらはどうする?」
「あいつら? ……あー」
無論、ミラとエルマーのことだ。
「ミラにはずっと、怪しまれていました。魔法鞭のこととか、ずっとぼかしていたので……」
「俺も、エルマーに疑われていたんだ。……あいつらには説明した方が、誤解も解けるし協力も得られるしでいいかもしれない」
「そう、ですね。私たち二人で説明すれば、きっと信じてくれますよね……?」
「ああ。二人の恋――特におまえの方の件については、両方動揺しそうだから後で個別に言うことにして、まずはやり直し人生について理解してもらおう」
そういうことで、まずはお互い気持ちを落ち着けてから、シャイルは部屋に二人を呼んだ。
ミラとエルマーはしばらくの間別室で待っていたようで、どこか落ち着かないそわそわとした様子だった。
「ミラ、怪我は大丈夫?」
「私は平気です。リネット様こそ、お怪我がないのなら何よりです……」
「ええとですね、殿下。なんであなたがブール伯爵子息の取り巻きの秘密情報を知っているのかとか、あとこれまでの間リネット様と何をしていたのかとか、いろいろ聞きたいんですけど……?」
「そうだな。ミラも、こっちに来てくれ。話がある」
シャイルに促されて、二人は入室した。
二人掛けのソファにリネットとシャイルがごく自然に並んで座ったので、ミラとエルマーもお互い少しぎこちない様子ながら座る。
そうして――リネットとシャイルが人生をやり直していること、そしてそれぞれが辿った未来ではこの四人のうち二人は死んだのだと、かいつまんで説明した。
ミラもエルマーも驚いていたし疑わしそうだったが、「……でも、そう言われればいろいろなことが納得できます」「だから殿下、やたら勘が鋭かったんですね」とそれぞれ思うところがあったようだ。
「なーるほど。つまりさっき殿下が取り巻きたちを蹴散らせたのも……一度目の人生? ってやつで知り得た情報だったからなんですね」
「リネット様がいつの間にか魔法鞭を会得されていたのも、一度目の人生で修行されたからだったのですか……」
二人は難しい顔をしていたがやがて顔を見合わせ、頷いた。
「……いろいろな疑問が解消されますね」
「ですね。……それで、殿下方は王太子殿下やクリスフレア殿下をお守りして、継承戦争を起こさないようになさりたいのですね?」
「そういうことだ。……それに、おまえたちの力も是非借りたいと思っている」
「もちろん、すぐに全てを受け入れるのは難しいと思うけれど……」
シャイルとリネットが言うと、ミラは首を横に振った。
「いいえ。……お二人がおっしゃるのですから、信じます。それに……リネット様の恋が成就されたのが、何よりも嬉しいですから」
「ミ、ミラ……」
「いや本当に、僕もずっとやきもきしていたんですからね! なんで殿下は返事を保留されたのに余裕ぶっこいてらっしゃるんだろうって思ってましたし。……おめでとうございます」
「……ありがとう。おまえにも、気を遣わせたな」
そこでリネットとシャイルは互いを見て、そっと手を重ね合わせた。
「……これからは、四人で頑張っていこう。もう、あんな未来にしないために」
「……はい」
静かに視線を交わす二人を、ミラとエルマーが微笑ましく見つめていた。
(……きっと、私は――私たちは、大丈夫)
もう、迷わなくていいから。
いろいろ話をしたので、今日のところは解散することになった。
シャイルの方はまずナルシスの処分をするらしく、またリネットもクリスフレアにも礼を言わなければならない。だがもう夜遅いので、リネットが書いた手紙をシャイルから渡してもらい、明日改めて直接礼を言いに伺うことになった。
リネットの部屋は現場検証のため使えないと言われたので、ミラと一緒に空いた客室を使わせてもらった――のだが。
寝る前にリネットはミラに、一度目の人生でのミラとエルマーの顛末について教えた。
最初は神妙な顔で聞いていたミラはすぐに顔を真っ赤にして、話し終えるとふらふらの足取りになって続き部屋に引っ込んでいった。
(きっと今頃シャイル様も、エルマーに話をしている……のよね)
ミラが、「なぜ一度目の私は大事なところで戦線離脱したのですか」と聞くから教えたのだが、明日以降彼らが顔を合わせたときに、二人はどんな反応をするのだろうか。
両想い、おめでとう




