過去をやり直す者たち①
答え合わせ回です
シャイルに連れられて向かったのは、彼の執務室の近くにある待機部屋だった。ミラはナルシスに突き飛ばされた際に怪我をしたようで、手当を受けてから来るという。
まずシャイルは、リネットの破れたドレスを着替えるよう言った。すぐにメイドがやって来て、続きの間でリネットの着替えを手伝ってくれた。
元の部屋に戻ると、部屋の準備をしてくれていたらしい使用人を下がらせ、シャイルはリネットと向かい合うようにソファに座った。
「……まずは、リネットに大きな怪我がなくてよかった」
「シャイル様がすぐに駆けつけてくださったおかげです。ありがとうございました」
「……クリスフレア殿下から事の次第は聞いていたが、まさか本当に部屋に乗り込んでくるとはな。おかげで、殿下の手鏡から全部見えたが……」
シャイルは苦々しげに言った後、ふっと真顔になった。
――ただ無表情なだけではない、何かを決意したような……どこか諦めすら見える顔に、リネットの心臓が不安を訴える。
「……おまえに、話しておきたいことがある」
どくん、どくん、と体中が震える。
口を開くと、粘っこい唾液が絡まりそうになる。
(でも……黙って聞くだけでは、きっとだめ)
予感が、しているから。
「……はい。私も、あなたにお話ししなければならないことがあります」
そして、
「やり直しの人生について」
「人生を、やり直していることについて」
声が、重なった。
シャイルは、少しだけ目を見開いた。
だがリネットと視線を絡めると、「……やはり、そうだったのか」と肩を落とした。
「妙だとは、思っていた。再会したおまえは、俺が知っているおまえとは全然違ったから」
「私もです。……その、すごく積極的になられていたので」
「ああ、まあな。……一度目は、おまえにきちんと想いを伝えられなくて後悔した」
遠い眼差しで言うシャイル。
その視線の先には――かつて戦死した、一度目のリネットの姿があるのだろうか。
「変な感じですね。私もあなたも、過去に戻ったなんて」
「俺も、自分だけが戻っているのも驚きだったのに、おまえまで戻っているなんて……これは、魔法か何かか?」
「分かりません。でも……戻ったからには、やるべきことがあると思いました」
「俺もだ」
しっかり頷くシャイルを、リネットは眩しい気持ちで見つめる。
シャイルもまた、四年の月日を戻って人生をやり直していた。リネットと同じ、戦乱の世を作りたくないと思う一心で。
「俺は今度こそ、後悔しない人生を送ると決めた。……もう、おまえを死なせたりしないと」
「ええ。私も、今度はシャイル様に幸せになっていただきたくて……だからこそ、もうあなたの手は取るまいと誓ったのです」
――一度目の人生の、二十歳のあの日。
「王宮を離れてくれ」というシャイルの命令を突っぱね、リネットは彼と共に戦うことを決めた。……きっとそれが、間違いだった。
だから、もし決断を迫られるときが来たとしても、今度は大人しく身を引こうと――
「……待て。今のは、どういうことだ?」
「今の、とは?」
「もう俺の手は取るまい、のところだ。……もう、とはどういうことだ?」
尋ねられて、リネットも違和感に気づいた。
シャイルとリネットは一見、同じ世界でものを言っているように思われる。
(でも……そう。私は一度、シャイル様もやり直しの人生を歩んでいるのではないかと思った)
だが、何か違うと思った。それにしては妙だと思い、却下したのだ。
その、違和感の理由は――
「……あなたが辿った未来の私は、デュポール侯爵を討った後に戦死しましたか?」
「まさか! 俺は……俺が動くのが遅かったから、リネットもミラも侯爵の手に落ちた。そうして……助けることができなかった」
絞り出すようなシャイルの言葉に、リネットはドキドキしつつ確信を持った。
(私たちはどちらも、過去に戻ってやり直しの人生を歩んでいる。でも……歩んだ未来が、違う……?)
リネットは何度も深呼吸した後に、身を乗り出した。
「……私は一度、あなたの手を取りました。あなたと共に戦うと決めて、強くなるために魔法鞭を完成させて――あなたの妃になりました」
「……。…………………………は?」
シャイルの顔が、青く、白く、そして――熱された鋼鉄のごとく真っ赤に染まり、「はあぁ!?」と彼らしくもない裏返った絶叫と共にソファから立ち上がった。
「お、おまえが俺の妃……えっ、なんだそれ、夢みたいじゃないか!」
「え、ええと……その、いろいろありまして、それが最善ということになったのです」
「そ、そうか。そうなのか……。俺がリネットと……そう、か……」
シャイルはぶつぶつ言いながらも、顔がにやけている。彼のことだから「そうなのか?」くらいで流すかと思いきや、予想以上の喜びようにリネットの顔も熱くなってきた。
「……ん? だがおまえは……そ、その……俺と結婚したことを、後悔したのか……?」
「あ、ええと……後悔……は、しましたが……」
「……」
言葉を失ったシャイルの顔が赤から白へと戻っていき、彼はすとんとソファに座った。
「……そう、か」
「あ、あのですね。後悔といっても、あなたとの結婚生活に不満があったのではなくて……戦争が激化したので」
そうしてリネットが一度目の人生の顛末を語ると、シャイルは難しい顔になって眉根を寄せた。
「……なるほど。リネットが辿った未来で俺たちは結婚して……諸悪の根源だったデュポール侯爵を、おまえが討ったんだな」
「はい。でも、シャイル様のもとには戻ることができなくて……」
「……おまえと結婚した俺も、おまえが……もし侯爵を討ち損ねたとしても、それでも無事に帰ってきてほしかったことだろう」
シャイルは辛そうに言う。
(確かに私は、侯爵を討った後にその部下に殺された。……でも、もし殺されなかったとしても、私は――)
リネットは首を横に振り、シャイルを見つめた。
「……そういうことで、私は侯爵が王太子殿下を暗殺したのだと確かに聞きました。それで、今回は同じ結果にするまいと侯爵を警戒してきたのです」
「……あの、魔法鞭といったか。あんなものは、俺の知っているリネットは習得していなかった。魔物に敢然として立ち向かったことも、一度目の記憶があったからだったんだな」
「そうです。……あの、シャイル様の方は……どうなったのですか?」
緊張しつつ尋ねると、シャイルは目をつむってしばし黙り、そして語り出した。




