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王子妃の末期③

主人公がわりとバーサーカーです

 クリスフレア派が全軍をもって決戦に持ち込むと察したようで、王宮周辺では侯爵軍もまた兵たちを揃えていた。


「作戦通り行く。俺は王宮にいるだろうオーレリアンを捕縛する。リネットは――」

「はい。……必ずや、侯爵を討って参ります」


 リネットは、隣のシャイルに微笑みかけた。


 リネットのふわふわの赤茶色の髪はかつては長かったが、二年前にばっさり切った。

 着ているのはドレスではなくて、男性用の軍服の裾を詰めただけの衣装。彼女は魔法使いなので、剣や槍なども必要ない。


 侯爵は、部下たちによって守られている。シャイルたちでは侯爵のもとまでたどり着くのも難しいだろうが、リネットなら魔法で空を飛べる。

 だから、彼女が侯爵を討つ使命を受けたのだ。


 そんなリネットを、シャイルは目を細めて見つめてくる。


「……リネット」

「はい、シャイルさ――」


 ふっと、大きな影がリネットに覆い被さる。

 唇が塞がれて、小さなため息が漏れる。


 周りの騎士や魔法使いたちが恥じらうように視線を逸らしたり咳払いをしたりする中、触れるだけのキスをしたシャイルはゆっくり顔を離し、切なさのにじむ顔でリネットを見下ろした。


「……必ず、生きて帰ってきてくれ。そして、夫婦として一緒に暮らそう」

「シャイル様……」

「侯爵を討てなくてもいい。代わりに俺が討ち取る。だから……死ぬな、リネット」


 ハシバミの目が、じっとリネットを見つめる。

 再会して四年の間にますます魅力的になった王子が、リネットだけをその目に映している。


 嬉しい。

 そう言ってくれたことが、嬉しい。

 未来の約束をしてくれたことが、嬉しい。


 ――だが。


「……行って参ります、エルドシャイル殿下」


 リネットはシャイルの手からするりと抜け出て、彼に背を向けた。そして近くで待機していた部下たちに声を掛けてから、たんっと地を蹴って宙に跳び上がる。


(ごめんなさい、シャイル様)


 魔法で空を飛びながら、閉じたまぶたの裏に愛しい夫の姿を焼き付ける。


(私は……帰りません。帰れません……)


 そして目を開き、進行方向の空に黒い影がいくつも浮かんでいるのを目にして、声を上げる。


「……侯爵が生成した魔物だ! 皆、構えよ!」


 叫ぶと同時にリネットの右手が光り――伸ばした人差し指の先端から、黄金色に輝く光の鞭が現れた。


 これは、リネットが二年間で魔力を鍛え上げた末に生み出した魔法。

 騎士たちは魔物を倒すため、魔力を纏わせた剣や槍で戦う。魔法使いたちが禁術により生み出した魔物は、普通の鋼の武器では消し去ることができないのだ。


 それらと違いリネットが編み出したこの武器――魔法鞭の攻撃力は、リネットの魔力そのものといっていい。


 リネットが鞭を振るうときらめく光の軌跡が青空を横切り、飛びかかってきた鳥形の魔物を横薙ぎに払った。


 じゅわ、と音を立てて消えていく魔物に、部下たちも魔法で応戦する。部下たちでは魔法鞭を使えないが、二年間で鍛えた彼らは的確に魔物を魔法で吹っ飛ばし、消していく。


「リネット様、ここは私たちに任せて、侯爵のもとへ!」

「ええ、任せた!」


 身重のミラに代わりリネットの補佐係になった魔法使いにその場を任せ、リネットはシュンッと魔法鞭を王宮へと伸ばした。


 ――一年前にエルマーの部下がぼろぼろになりながら持って帰ってくれた情報によると、侯爵は離宮の一つを自分の居城としているという。今回も、王太子候補である甥は王宮に置き、自分は離宮にいるはずだ。


 魔法鞭の先端が離宮の尖塔に絡まり、そのまま収縮することでリネットの体を離宮へと引っ張っていく。魔法鞭は攻撃だけでなく、移動したり遠くのものを取ったりするのにも使えた。


 尖塔の屋根に降り立った後、とんっと軽くジャンプしていきなりベランダに降り立ったリネットを見て、待機していた侯爵軍が身構えた。


「貴様……! エルドシャイルの妃か!」

「王子妃を討て!」

退()け、侯爵軍!」


 すぐに剣を構え、魔法の構えをする侯爵軍だが――遅すぎる。


 リネットの鞭がうねった後には、切り裂かれた首からおびただしい量の血を噴き出して倒れる体が。

 仲間が一瞬で屠られ、侯爵軍から悲鳴が上がる。


(なんて生ぬるい。私は……とうの昔に、人を殺す覚悟を決めたというのに……!)


 遠距離攻撃のため返り血すら浴びないリネットは、笑った。

 鞭を振るうたび、屍が増える。


 シャイルのために強くなりたい、この体や命全てをシャイルに捧げたい、という一心で鍛えたリネットの魔法鞭の前に、貴族の子息で構成された侯爵軍は雑草のごとく刈り取られていく。


 リネットは血にまみれたベランダの扉を蹴り開けると城内に突撃して、廊下で鉢合わせた者たちも次々に魔法鞭で屠っていく。


 魔法鞭は、いい。

 これなら人の首を刎ねても、胸をえぐっても、その衝撃は手のひらに伝わらないから。


 決死の覚悟で放たれた魔法を鞭で防ぐと、びりっと体が痛んだ。

 魔法鞭はリネットの魔力に直結しているので、魔法で攻撃されたり剣で斬りつけられたりすると、そのダメージは直接リネットの体に響く。


 だが、これくらいなんてことない。

 クリスフレアに、シャイルに、勝利を捧げられるのなら。


「……侯爵!」


 目当ての部屋のドアを吹っ飛ばし、魔法鞭を伸ばす。

 窓辺にいたでっぷりと太った男――デュポール侯爵は驚愕の目でこちらを見てきたが、彼が逃げるまでにその体に鞭を巻き付け、床に引きずり倒した。


「ごきげんよう、侯爵。私はシャイル様の妃である、リネット・アルベールだ」


 床に転がした侯爵の腹をブーツの足で踏みつけ――リネットは振り返ることなく、空いている手を背後に向けて衝撃波を放った。

 侯爵のもとに駆けつけた騎士たちが衝撃波を食らって吹っ飛び、悲鳴を上げている。


(外野は、黙っていて。邪魔をしないで)


 侯爵はしばし黙っていたが、やがて顔に脂汗をにじませつつもにやりと笑った。


「……なるほど。貴様があのエルドシャイルが娶った女か。男かと思った」

「それはどうも。……エリクハイン殿下を(しい)して継承戦争を起こしたのは、おまえだな?」

「は、それがどうかしたか? 私が王太子を殺したことで結果として、貴様は愛するエルドシャイルと結ばれた。むしろ、私に感謝するべきではないのか?」


 あっさり認めたが、むかつく言葉も忘れていない。

 侯爵の腹部に絡めていた魔法鞭を首にずらしてぐいっと引っ張り上げると、苦しそうな声が上がった。


「おまえに礼を言うほど落ちぶれてはいない。私は命に代えてでも、おまえを討ち取る」

「……それは、それは。となると、エルドシャイルは今度こそ、愛するクリスフレアと結ばれることができるというものだ」


 侯爵がせせら笑ったため、さしものリネットも指先をピクッと震わせた。

 ――それは、シャイルと結婚してからたびたび言われていたこと。


 エルドシャイル殿下は、本当はクリスフレア殿下の婿になりたかったのではないか。

 王族なら、叔父と姪の結婚も許される。

 伯爵令嬢ではなくてお二人が結ばれた方が、国のためになるのではないか。


(……違う)


「……おまえに何が分かる」

「貴様が私を討っても、貴様はエルドシャイルのもとには戻れない。もし戻れたとしても、血にまみれ笑いながら敵将の首を刎ねる貴様など、誰も王子妃として歓迎しない」


 リネットは、ぎゅっと眉を寄せた。

 侯爵はリネットの反応を見て満足なのか、ケタケタと笑い始める。


「ああ、ああ、なんと滑稽な! 命を懸けて敵の首を取った貴様は誰にも歓迎されず、エルドシャイルとクリスフレアが結ばれる! よかったな! 貴様の働きによりエルドシャイルは英雄となり、クリスフレアの婿として迎え――」


 そこまでだった。

 リネットがわずかに指先を動かしただけで、魔法鞭は鋭い刃となり侯爵の首を切り落とした。


 血だまりの中転がっていく侯爵の頭を静かに見つめ、リネットは寂しげに笑った。


「……そんなの、分かっている」


 もう、リネットはシャイルのもとには戻れない。

 ……戻っては、ならない。


「くっ……! 侯爵閣下!」

「魔女め!」


 背後で侯爵軍がわめき、突進してくる。

 リネットは魔法鞭をだらんと床に垂らしたまま振り返り――銀の刃が迫ってくるのを、見た。


(シャイル様)


 刃が、肉を断つ。


 視界が真っ赤に染まり、倒れたリネットに嬉々として剣や槍を突き刺してくるわずかな感覚が伝わる。


(ごめんなさい。私の勝手な恋心に巻き込んでしまい、ごめんなさい)


 手が、動かない。

 頭も中も、ぼんやりとしてくる。


(知っていました。私と結婚したことで、あなたまで悪く言われていたこと。私よりもっと、クリスフレア殿下のためになる結婚もあったのに、私を選んでくれたこと)


 何も、聞こえなくなる。

 体中の感覚も、なくなっていく。


(ありがとうございました、シャイル様。……あんな状況でも、私を守ってくださったこと。未来を語ってくださったこと)

(そして、ごめんなさい。あなたのもとに戻ると約束できなかったこと)


 もし、もしも。

 人生の分岐点となったあの過去の日に戻れるのなら。


(あなたの手を、取らなかったのに)

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