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あなたと共に過ごす時間③

胸くそ悪いキャラ注意

 仕事の後で買い物もして、四人は王宮に戻った。


「下見の護衛、世話になった」


 執務室に続く階段の前でシャイルに言われたので、リネットは首を横に振った。


「いえ、殿下こそお疲れ様でした。……この後も公務でしたか」

「ああ。地方騎士団から届いた報告書に目を通し、来年度の人員配置について考えなければならない」


 そこまでは真面目な顔で言い、ふとシャイルは目尻を緩めた。


「……だがその後は、茶の休憩をする予定だ。よければ一緒に飲まないか?」

「……よろしいのですか?」

「休憩時間くらい、誰と過ごしてもいいだろう。……ああ、なんならそのとき、今度練兵場で開かれる王宮使用人と騎士の合同訓練についての話でもさせてくれ」


 これなら誰も文句は言わないだろう? と言葉の裏に含められ、ついリネットは小さく噴き出してしまった。


「そうですね。……では私はこれから皆で庭の掃除をしますので、その後に――」

「リネット様」


 そっと、ミラが声を掛けてきた。ほぼ同時にエルマーもシャイルに声を掛け、怪訝そうな顔でそちらを見たシャイルがハシバミの目を怪訝そうに細めた。


 リネットもそちらを見ると、やたら大人数で移動してくる一群の姿があった。しかも、彼らを率いているのはただの貴族ではない。


 痩せた身体に不似合いなほど豪奢な衣装を着た、あの老人は――


「……陛下のお越しか。なんでまた、うろうろと……」

「リネット様、壁際へ」

「ええ……」


 国王の実子であるシャイルとその乳兄弟のエルマーならともかく、リネットはできるだけ廊下の隅に寄って道を空けなければならない。


 すぐに移動して、慎ましく顔を伏せる。シャイルも数歩下がったがリネットほどへりくだることなく、大勢の取り巻きを連れてやってくる国王を迎えた。


 シャルリエ王国現国王、ルークディオン・ティトルーズ。王太子とシャイルの父である彼は確か、もう七十近い高齢だ。


 若い頃から王位を継ぐ可能性の低い王子としてわりと気ままに育ち、暴君と化した異母弟が王宮を追い出されたことであれよあれよという間に王座に就くことになった。


 昼行灯で、政治的能力も微妙。だが人当たりはよくて気っぷもいいので、その甘い汁をすすろうとする取り巻きは多い。

 ただし妙に頑固で、彼を傀儡にしようと迫っても他人の意見に耳を傾けないため、貴族の操り人形にはならないという妙な王だった。


 若い頃はかなりの美青年だったようで、年老いた今も皺だらけの顔に美男子だった頃の面影がよく残っている。

 そして……その美貌は王妃の産んだ王太子より、愛妾フルールの産んだシャイルにより濃く受け継がれていたようだ。


 普段は自室で過ごすことの多い国王は、取り巻きと共に庭園散策でもしていたようだ。

 華やかな笑い声と少しきつすぎる香水の匂いにリネットが耐えていると、取り巻きの誰かが「おや、エルドシャイル殿下ではありませんか」と呟いた。


「ご機嫌麗しゅうございます、国王陛下。庭園散策の帰りでしょうか」


 面を伏せているリネットには声しか聞こえないが、シャイルの声は落ち着いている。彼は母をもてあそんだ国王を快く思っていないようだが、本人の前で取り繕うくらいの気持ちはあるようだ。


 リネットの正面で一行が足を止めたようで、国王のしゃがれた声がした。


「おお、エルドシャイルか。そなたも、ますます精悍になったものよ。どれ、顔をよく見せよ」

「仰せのままに」


 国王に命じられ、シャイルが顔を上げたのだろう。取り巻きの女性たちがうっとりとしたため息を吐き出すのが分かった。


「まあ、国王陛下にそっくりの貴公子ですこと」

「まさに、麗しの王子殿下だな」

「シャルリエ王国も安泰でしょう」


(顔だけで国の将来を判断しないでほしいわ……)


 シャイルの内面は全く見られていないようでリネットはむかっとしたが、一方のシャイルは涼しげに「お褒めにあずかり光栄です」と応えている。


「うむ。そなたの活躍は私もよく聞いているぞ。いかんせん、エリクハインは頭が固すぎる。そなたのように柔軟に物事を考えられる者を息子に持てて、私は嬉しいぞ」


(……国王がだらだらしているから、王太子殿下が気を張らないといけないのでしょうに!)


 国王は政略結婚で結ばれた王妃の子より、美しくて若い愛妾の産んだシャイルの方を溺愛している、というのはリネットも聞いたことがある。

 その溺愛する息子の養育を放棄し、十五歳になってやっと――しかも半ば無理矢理連れ戻したという過去は、国王の中ではきれいに抹消されているようだ。


「エルドシャイルよ。常々言っておるが、各貴族たちから婚姻の申し出を受けておる。私も令嬢たちと会ってみたが、皆美しくて愛らしい女性たちであった。そなたもいい年なのだから、そろそろ身を固めてはどうだ」


 国王の言葉に、リネットの胸が不安でざわめいた。

 この後国王がどのようなことを口にするか、容易に予想ができてしまう。


「ほら……何だったか。そなた、貧乏貴族の娘に入れ込んでいるようではないか。それはいかんぞ、エルドシャイル。いずれ王弟妃となるのは、教養と美貌を持つ由緒正しい家柄の令嬢でなくてはならん。泥臭い女を王家に迎えれば、そなたの名誉にも傷が付くであろう」


 国王は、まるで物わかりの悪い五歳児相手に正論を説いているかのように告げる。

 そして……周りの取り巻きたちも、「陛下のおっしゃるとおりだ」「あら、もしかして、そこの隅にいるのが噂の貧乏貴族の娘ではなくて……?」と大人しくしているリネットにも矛先を向けてきた。


(……やっぱり、今回もこうなるのね)


 体が震えそうになる。拳を固める代わりに唇を引き結んで、感情を堪えるしかない。


 伯爵の娘は、王子の妃には向かない。

 結婚しても、王子の名誉を傷つけるだけ。

 一度目の人生で、何回も、何十回も言われた言葉。


 表面上は笑顔で流していたけれど、リネットの心はそのたびに傷ついていた。

 傷つく心を叱咤して、戦場で魔法鞭を振るって敵を倒し――「自分はシャイルの役に立っている」という証拠を作ろうと躍起になっていた。


「……お言葉ですが、陛下。私が幼少期よりお慕いする女性は、貧乏貴族の娘などではありません。母の嘆願を聞き入れ、私を我が子のように愛してくださったアルベール伯爵には、恩しかございません」


 リネットの前に、影が立った。顔を上げずとも、それがシャイルだとすぐに分かる。


「エルドシャイルよ。そなたのためを思いそなたを王家の休養地で養育したと皆に告げたというのに、なぜアルベール伯爵家で育ったことを公表したのだ」


 国王にとがめるように言われても、シャイルは平然としていた。


「それでは、私のためにはならないからです。……私はアルベール伯爵令嬢・リネットを心より愛しております。王太子殿下もクリスフレア殿下もリネットの才覚を認めてくださっております」

「……やれやれ。エリクハインもだが、クリスフレアにも困ったものだ。あんな我が儘娘だから、婿も見つからないというのに……」


 国王はわざとらしく嘆いた後、「そこの、娘」と呼びかけてきた。


「アルベール伯爵家の……何だったか。とにかく、そなた。面を上げよ」

「……」

「リネット、少しでいいから顔を上げてくれないか」


 国王の急な命令に戸惑うリネットだが、シャイルがそっと肩に触れてくれたため、思い切って顔を上げてお辞儀をした。


 正面にいる国王は、なるほどシャイルによく似ていた。

 ……だが、リネットの愛する彼はこんな、値踏みをするような目で人を見たりはしない。


「……アルベール伯爵が長女、リネットでございます」

「なんだ、思ったよりもまともな顔ではないか。怪しげな魔法を使う野蛮な山猿女だと聞いていたのだが」


 気が抜けたかのような国王の感想に、周りからくすくすと笑いが漏れた。


 思ったよりもまともな顔。

 怪しげな魔法。

 野蛮な山猿女。

 ――それが、これまで国王がリネットについて抱いていた感想だった。


(……悔しい)


 シャイルが「もう大丈夫だ」と言ってくれたので面を伏せて下がり、吐き出しそうになる呪いの言葉を胃に押しとどめる。


 シャイルのときと同様、容姿でしか人を判断しないことも。

 シャイルのために編み出した魔法鞭を貶されたことも。

 これまでの努力を「野蛮」と一蹴されたことも。


 たまらなく、悔しかった。

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