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王子妃の末期②

 リネットの願いは、まもなく静かに砕かれた。


「国王陛下が、エルドシャイル殿下を王宮にお呼びです」


 リネットがもうすぐ十三歳になるという夏に騎士たちが伯爵領を訪れ、シャイルが王宮に戻ることになったと告げた。

 どうやら国王の正妻である王妃が崩御したらしく、国王が今になってシャイルを呼び寄せたという。


 行かないで、さようならなんて嫌だ、と泣きわめくリネットを、シャイルは悲しそうな顔で見ていた。

 だが名残惜しそうな彼は馬車に乗せられ、彼の赤い髪はすぐに見えなくなってしまった。

 弟も兄のように慕っていたシャイルがいなくなるため大泣きしており、二人抱き合って涙をこぼした。


 いつか、別れが来るかもしれないと思っていた。

 だが、幼い頃から十年近く思い続けたシャイルがいなくなり、リネットの胸にはぽっかりと穴が空いてしまった。


 そしてリネットは、考えた。

 シャイルはもう、この緑豊かな伯爵領には戻ってこられない。

 それどころか、シャイルを伯爵家が預かっていたということが伏せられているので、彼は伯爵領やリネットたちのことを懐かしむことさえ許されないだろう。


 ならば、リネットが動けばいい。


(私には、魔力がある)


 元々アルベール伯爵家には魔法使いが生まれやすかったが、リネットはここ数代では抜群の魔法の才能を持っていた。

 相変わらず出不精で運動も苦手だが、魔力は鍛えれば鍛えるほど強くなるし書物の知識なら十分にある。


「お父様、お母様。私、魔法使いとして王宮で働きます」


 決意して家族に告げたのが、十六歳の頃。

 シャイルが動けないのなら、リネットの方から会いに行けばいい。


 かくして魔法の勉強を続けたリネットは十八歳の春、わずかな使用人を連れて伯爵領を離れて、シャルリエ王都に向かった。


 そうして――シャイルと、再会した。











 王子エルドシャイルは母である愛妾・フルールと共に王家所有の別荘で静養し、フルールの死後エルドシャイルは密かに王子としての教育を受けていた。

 ――十五年前に愛妾と第二王子にまともに静養先を用意してやらなかった国王は、そんな設定を用意していたようだ。

 そして王妃が死んだことで、「そういえば愛妾の産んだ王子がいたな」と思い出して、シャイルを呼び寄せたという。


 国王は十五歳の立派な青年になったシャイルを見て、たいそう喜んだそうだ。

 粗野な雰囲気はあるが王太子以上に見目麗しい次男を迎えて抱きしめ、「おまえはいずれ、王弟となるのだ」と告げたという。


 シャイルとは親子ほど年の離れた異母兄である王太子・エリクハインは、複雑な人生を歩んできた弟を思いのほか優しく迎え入れてくれた。

 それだけでなく、シャイルの二つ上である娘・クリスフレアと仲よくしてほしいと言った。


 クリスフレアは国王の孫にあたり、シャイルからすると年上の姪ということになる。

 非常にややこしい家系図になるが、ろくでなしな国王と違い寛容で誠実な王太子とクリスフレアに迎えてもらったシャイルは、主に騎士団で働いたそうだ。


 だから――二十一歳になったシャイルと王宮で再会したリネットは、伯爵領にいた頃とは全く違うシャイルの姿に、感慨深い気持ちになった。


 国王の命令により、二人が幼なじみの間柄であることは明らかにできない。

 だがリネットは今でも確かにシャイルに恋をしていたし――シャイルもまた、言葉にはしないが確かな愛情のこもった眼差しでリネットを見つめてくれた。


 二人は、密かに会うようになった。

 といっても、疚しい関係にはならない。

 シャイルの部下とリネットの侍女が協力を申し出てくれたため、彼らが恋仲であるという設定にして、シャイルとリネットも会えるような環境を整えてくれた。


 人気のない書庫で、ポツポツと言葉を交わしたり。

 廊下に並んで立って、一緒に星空を眺めたり。

 部下と侍女のデートに居合わせたという設定で、庭園を歩いたり。

 隣に立ち、小声で言葉を交わし、たまにこっそり手を繋ぐだけ。


 それだけでも、リネットは泣きたくなるくらい幸せだった。











 だが、リネットが二十歳、シャイルが二十三歳になった冬の日。

 晩餐の席で激しく咳き込んだ王太子が、そのまま亡くなった。


 国王は既に高齢でしかも元々ろくでなしだったため、優秀な王太子を失ったシャルリエ王国は揺らいだ。

 そして、王太子の娘である王孫・クリスフレアと、王家とデュポール侯爵家の血を継ぐオーレリアンという少年貴族、二派による王太子位争奪戦が始まった。


 王子であるシャイルは迷うことなく、姪であるクリスフレアの支持を宣言した。既に二十五歳になっていたクリスフレアならば父の跡を継ぎ、立派な女王になるだろうと主張して。


 対するオーレリアン派の筆頭は、彼の伯父にあたるデュポール侯爵。

「女が国王になっても、よいことはない」と豪語する彼は、王家の血を継ぐ男児である我が甥の方が王にふさわしいと主張した。


 だが十歳にも満たない少年に政治ができるわけがなく、彼が王になれば必然的にデュポール侯爵の天下になる。強欲で狡猾な侯爵が幼い王の代理となれば、彼の思うままの政治になってしまう。


 かくして、リネットはシャイルと共にクリスフレア派に加わり、戦いに身を投じることになった。









 クリスフレア派は殺伐とした王宮を離れ、離宮の一つを拠点とした。


 リネットは相変わらず運動は苦手だが、魔法使いとしての才能はクリスフレア派の中でも抜きん出ていた。

 そのため彼女は自らの魔力を鍛える傍ら、優秀な魔法使いたちを育てることに専念した。

 一人では厳しいこともあったが、昔から支えてくれる侍女・ミラやシャイルの部下であるエルマーたちの力も借り、少しずつ力を付けていく。


 やがてリネットは、王子エルドシャイルの妃として迎えられた。

 だがそこに、初恋を叶えた幸福感や甘い結婚生活などは存在しなかった。


 リネットは優秀な魔法使いで伯爵令嬢だが、部隊を動かせるほどの力はない。だが王子妃になれば権力が増し、クリスフレアやシャイルの代わりに軍を指揮することもできる。


 伯爵令嬢ごときを妃にしたということで、シャイルを責める者もいた。

 戦後のことも見越して、自分の娘や妹などを第二妃に推す者もいた。


 だがシャイルはそういった話に対して一切首を縦に振らず、なおかつリネットとはあくまでも戦友としての距離感を保った。


(もし子どもができれば、私は戦場に立てなくなる)


 そう思い、夜も一緒に寝なかった。シャイルは難しい顔をしながらも、リネットの決意を受け止めてくれた。


 ――戦況は、拮抗していた。

 だが、あくまでも正々堂々と戦おうとするクリスフレアに対し、侯爵は卑劣な手を取ってきた。


 リネットが二十一歳のとき、侯爵軍のもとへ使者として訪問していた騎士たちが皆殺しにされた。その中には、シャイルの腹心であるエルマーもいた。


 話を聞いたシャイルもリネットも驚いたが、エルマーの本当の恋人になっていたミラはひどく嘆いた。

 ――まもなく、彼女が妊娠していることが分かった。


 リネットはすぐさまミラを戦線から遠ざけ、侍医も彼女に付かせた。そしてこれ以上犠牲を出す前にと、決戦に持ち込むことになった。


 リネット二十二歳、シャイル二十五歳の秋。

 二人は揃って、クリスフレアの前で出陣報告を行った。


「必ずや、クリスフレア殿下に勝利を」

「殿下の御代のため、戦って参ります」


 そう告げる二人を、粗末な椅子に座ったクリスフレアは凜として送り出した。

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