あなたと共に過ごす時間②
城下町下見は特に問題なく進み、最後に大通りに出て終了となった。
「よし、近隣住民への挨拶回りや視察当日の打ち合わせ。全て終わったな」
「ええ、時間にも余裕がありますし、視察当日も問題なく進めばいいですね」
地図にあれこれ書き込みをしたエルマーはそう言って、地図を畳んで荷物に入れた。
「それじゃ、下見はここまでということで。せっかく城下町に下りたんですし、他に行っておきたいところはありますか?」
「……そういえば、このあたりに王家御用達の薬屋があったな。少し、寄ってもいいだろうか」
「いいと思いますよ。……お二人はどうですか?」
エルマーに聞かれて、リネットとミラも頷いた。
「はい、ご一緒します」
「殿下の仰せのままに」
薬屋の場所はエルマーがよく知っていたようで、リネットたちは彼の案内で大通り沿いにある薬屋に向かった。
貴重な薬草を扱うということもあり、大抵の薬屋は店内が暗い。この店も例に漏れず、窓にはカーテンが掛けられており室内の空気もひんやりとしていた。
「王宮仕えの侍医たちは、この薬屋から卸されたものを王族に処方しています。もちろんそれらは表では売っていなくて店と侍医で直接やり取りをするそうですが、店頭品も良質なものが多いという噂なんです」
リネットたちに、エルマーが説明してくれた。シャイルの方は既に一足先に店内に入り、棚にずらりと並ぶ瓶を見ていた。
「最近では……王太子殿下が少し痰が詰まり気味なので、気管支を広げる効果のある薬を服用されているみたいです。クリスフレア殿下は、冷え性改善のために体を温める薬湯を飲まれているとか」
「王宮侍医になるには、いろいろな薬の知識が必要なのですね……」
ミラが感心したように言うと、格好いいところを見せようとしているのかエルマーがすっと彼女の隣に立った。
「ミラさんも何かお困りですか? 僕もちょっとなら、薬の知識があるんですよ!」
「そうですか。では、腰痛に効く薬があれば」
「腰痛……ですか?」
「実家の母用です」
「な、なるほど!」
どこかほっとした様子のエルマーは、嬉々として薬の説明を始めた。ミラも、真面目に彼の話を聞いているようだ。
(いい雰囲気ね……)
そっと二人から離れたリネットも、店内を見て回ることにした。
(そういえば……王太子殿下暗殺事件の真相は分からなかったけれど、犯人はデュポール侯爵で……きっと、毒を使っていたのよね)
当然、店頭に並ぶものの中に毒薬なんてないだろうが、手に取った瓶のラベルを眺めながらリネットは考える。
(私が二十歳の年、晩餐会の途中で王太子殿下は嘔吐した後に部屋に運ばれて……そのまま亡くなった。饗されていた料理はすぐに調べたし料理人たちも取り調べを受けたけれど、これといった収穫がなかった……)
しかも、王太子の死因を調べようとしたがそこに国王が出てきて、「犯人を捕まえるまで息子の遺骸は自分が預かる」と言い出した。
そのせいで死因を調べることもできず――しかも心労が祟ったのか国王も倒れてそのままあっさり崩御してしまったのだった。
(王太子殿下付きの侍医は、おそらく毒殺だろうとおっしゃっていた。でも継承戦争が起きたこともあって毒の種類を調べることはできなくて、真相は闇の中になってしまった……)
それに、首を刎ねる直前のデュポール侯爵が己の罪を明かしたとはいえ、彼がどのような方法で王太子の食事に毒を混入させたのかは分からない。少なくともあの日の晩餐会で、侯爵が招かれていたわけでもなかったはず。
……ふと、薬の香りの中に爽やかな芳香が混じり、リネットは隣を見た。
いつの間にかシャイルが近くに来ていたようで、真剣な顔で薬の瓶を見つめるシャイルの横顔に思わずドキッとしてしまった。
彼が一つの瓶を手に取って、ラベルを見つめている。ほのかに漂うのは、彼が身に纏うコロンの香り。
騎士団にいる間はともかく公務として外に出るときには身だしなみとして付けるようエルマーに言い聞かされたようで、「あまり、こういうのは付けないんだがな」と苦笑していた。
リネットがじっと見つめていることに気づいたのだろうか。おもむろにこちらを見たシャイルは目を丸くすると、持っていた瓶をさっと棚に戻して微笑んだ。
「リネットは、何かほしいものがあったか?」
「いえ、私はおかげさまで毎日健康に過ごせておりますので。殿下はいかがですか?」
「俺も、自分用ではないが……。……ああ、そうだ。体の疲れが取れる薬草などがあれば見てみたいな」
「……あ、こっちにちょうどありますよ!」
シャイルの声を聞きつけたらしいエルマーが、会計台の前で振り返って言った。隣にいるミラは紙袋を持っているので、母用の薬を買えたようだ。
シャイルはリネットを見て、「まあ、ゆっくり見ていくといい」と言って、エルマーの方に向かった。まもなく、上機嫌でシャイルに薬の説明をするエルマーの声が聞こえてきた。
(……そういえばさっき、シャイル様はどんな薬をご覧になっていたのかしら――)
先ほどシャイルが手に取っていた薬瓶を探して、背伸びをしてラベルを見たリネットは――息を呑んだ。
「リネット様。会計台の横に、紅茶に混ぜて飲む薬草がございました。ご覧になりませんか?」
いつの間にか近くまで来ていたミラが言ったため、リネットは慌ててそちらを見て微笑んだ。
「え、ええ、そうね。あまり渋みがないものなら、見てみたいわ」
「香り見本もあったので、嗅いでみましょう」
「ええ、そうするわ!」
ミラの提案にありがたく乗らせてもらい、リネットは自分でも少しわざとらしいかと思いつつ明るい声を上げた。
――それでも、先ほどシャイルが手に取っていた薬瓶の効能が「解毒」であったことは、簡単に頭の中から消えてはくれなかった。




