王子の誓い③
その後のことは、正直よく覚えていない。
放心状態のリネットと、なぜかとても満足そうな顔のシャイル。貴族たちは興奮の最高潮に達しており、呆然とする侯爵の姿はすぐに埋もれてしまった。
だがそこに、「はいはーい! ということで、殿下の初恋を応援してくださる方は、殿下が王宮にお戻りになるのを温かく見送ってくださーい!」とエルマーが叫びながら乱入して、シャイルとリネットを会場から引っ張り出してくれた。
リネットは返事も何もしていないのに、周りから「お幸せに!」「おめでとうございます!」という声が聞こえたが、気のせいだと思いたい。
馬車に駆け込むと、早速シャイルがエルマーに叱られた。
「いくら侯爵の挑発があったからとはいえ、あんな場所で告白する馬鹿がいますか!?」
「すまない、ここにいた」
「あー、もう! 前から言っているでしょう! 告白するならロマンチックな場所にするべきだって! あんな公衆の面前で告白されたリネット様のお気持ちにもなってください!」
それまでは達観した顔のシャイルだったが、エルマーに叱られてはっと首を横に向け、ブランケットにくるまって丸くなるリネットを見てきた。
「リネット……すまない。おまえは子どもの頃から、『お花畑で好きな人に告白されたい』と言っていたのに、その夢を踏みにじってしまった」
「……あの、いえ、それはもう、大丈夫です」
確かに、よその貴族の邸宅で告白というのはリネットの望んだ形ではないが、終わった話なのでもういいと思っている。
向かいの席で、エルマーが深いため息をついた。
「はーぁ……それにどうせ殿下のことだから、リネット様にフられることなんてこれっぽっちも考えていないでしょう?」
「そうだな。返事を保留にされることは覚悟の上だったが、断られるはずはないと思っていた」
(どこからその自信がわいてくるの……)
そう思いつつも、リネットだって分かっている。
二度目の人生では、シャイルの幸せのためにも彼の手を取らないと決めていた。自分と結婚したらシャイルは陰口をたたかれるだけだと、経験済みだったから。
しかし……それでも。
(……嬉しかった)
子どもの頃から、異性として意識していると言ってくれたこと。
愛している、と言ってくれたこと。
そして……リネットのことを思い、告白してくれたことが。
「……エルドシャイル殿下」
「リネット?」
ブランケットを肩から落として、リネットはシャイルを見つめる。
そして、緊張で激しい鼓動を刻む心臓を落ち着かせるために深呼吸した。
「……後で揉めてはいけないので、今お答えさせてください」
「あ、ああ」
「私、殿下のお気持ちは受け取れません」
「……」
(あ、シャイル様、固まった……)
シャイルは真剣な表情のまま、硬直していた。向かいの席でエルマーが「だから言ったのに……」とぼやいているが、主君がフられたことについてのコメントはないようだ。
ブランケットをぎゅっと掴み、リネットは言葉を続ける。
「でもそれは決して、あなたのことが嫌いだからではありません」
「……な、なぜだ!? リネット、おまえは俺のことが好きだろう!?」
(そ、それはそうだけど……ここまではっきり断定しなくてもいいじゃないの!)
硬直は解けたものの混乱している様子のシャイルに、リネットは緩く首を振ってみせた。
「私は、田舎貴族の娘です。お父様とシャイル様の伯父様に交友関係があったから偶然共に幼少期を過ごしただけで、本当ならばこうして近くで語らうことすら許されないのです。ましてや……あなたからの告白をお受けするなんて」
「……」
シャイルはしばらくの間難しい顔をしていたが、やがて小さく息を吐いて腕を組んだ。
「……つまり。リネットが俺の告白を断るのは、俺のことが生理的に無理だとか男として見ていないとか、そういうわけではなくて……主に身分を気にしてのことなのだな?」
「……そんなところです。エルドシャイル殿下はとても素晴らしいお方です。だからこそ、少し魔法が使えるだけの私ではあなたの想いをお受けすることができないのです」
「なるほど、分かった」
思いのほかあっさり頷いた後、「それで」とシャイルは少し前のめりになった。
「リネット個人としては、俺のことは好きだよな?」
「な、なんでさっきから自信満々におっしゃるのですか!?」
「リネットの気持ちなら……知っているから」
(そんなの、答えになっていないわ!)
思わずむっとしてしまったが、リネットがシャイルのことを好き――一度目の人生で結婚できたことが幸福だったと思えるくらいには愛しているというのは、紛れもない事実だ。
本当は、シャイルの想いに応えたい。「私も、子どもの頃からずっと好きです」と言いたい。
だが。
「……ごめんなさい。私の気持ちを伝えることは、できません」
「……その理由は、身分とはまた別の要因があるからなのか?」
「……そう、です」
シャイルに愛されていることは、分かった。
そして、きっと彼なら多くの障害をものともせずにリネットを守ってくれるだろうし、王太子やクリスフレアも二人のことを応援してくれるだろうということも。
だが、二度目の人生を送るリネットの目標は、シャイルと恋人同士になることではない。
やり直しの人生を歩むのは――王家の方々を守るため。
シャイルの愛に応えたことで、デュポール侯爵が作戦を変えることも十分あり得る。標的がリネットに移るのならばともかく、シャイルが一度目の人生のとき以上の苦境に立たされたりしてはならない。
シャイルは難しい顔で黙っていたが、やがてまぶたを閉じた。
「……そうか、分かった」
「……申し訳ありません」
「いや、俺だっていろいろ急に事を進めすぎた。リネットにだってリネットなりの事情があるのだろうし、無理におまえの心を聞き出すつもりはない。……もし、伝えてもいいという気持ちになったら、いつでも伝えてくれ。待っている」
そう言ってまぶたを上げたシャイルは、笑っていた。
一世一代の告白の返事を、はっきりしない理由で保留にされたというのに、彼は晴れ晴れしいほどの笑顔で笑っていた。
「ここで笑うなんて……。殿下、リネット様にフられたことでちょっと頭が混乱してます?」
「馬鹿言え、まだフられたわけではない。……俺は、嬉しいんだ。これからも、リネットがそばにいてくれる。そう思うと、返事を待つ間でさえきっと楽しい日々になるだろうから」
「う、うわぁ……殿下、そんな詩人なこと言えたんですね」
「おまえ、俺をなんだと思っているんだ」
リネットをよそに主従で言い合いを始めてしまったが、少し落ち着きたい気持ちだったのでリネットにとってちょうどよかった。
(まだ、言えません。私には、目標があるから)
だが、もしも、誰も傷つかない未来を手に入れられるのなら。
そのときまで、シャイルが待っていてくれるのなら。
(必ず……お伝えします)
幼い頃から育んでいた、この想いを。




