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王子の誓い①

 公爵邸は馬車で四半刻ほどの距離にあり、着飾った多くの人たちが集まっていた。


 薄いものの王家の血を継ぐ公爵家だけあり、その邸宅は離宮か何かと思われるほど立派だった。なお、護衛騎士として付き添うエルマー曰く、「ここの庭は一周するのにも半日かかるって噂です」とのことだ。


 馬車から降りたシャイルは堂々としており、第二王子の到着に色めき立つ者の視線にも臆せず、余裕たっぷりに辺りを見回していた。


(シャイル様……少し、雰囲気が違うわね)


 一度目の彼はもっと口数が少なくて、陰があった。

社交の場が苦手だというのは今も昔も変わらないようだが、今のシャイルはある程度の割り切りができているように思われた。


「まあ、エルドシャイル殿下、こんばんは」

「ご無沙汰しております、殿下。お会いできて光栄です」

「殿下のお噂は、かねがね。是非とも武勇伝をお聞きしたく」

「どうぞあちらにいらっしゃいませ。おもてなしさせていただきます」


 多くの貴族たちが我先にシャイルのもとへ挨拶に来るが、中でも年頃の女性たちの視線には明らかな好意の熱が宿っていた。


 リネットはエルマーと一緒にシャイルの背後に付き添っていたが、ドレスの女性たちが押し寄せるとむわっと香水や化粧品の匂いが漂い、混じり、頭が痛くなってきた。


(ミラはいつも匂いが控えめの化粧をしてくれるけれど、こういう場所では匂う方が自分の存在感を表すことになるのよね……)


 アルベール伯爵家はそれほど裕福でなかったし、リネットもあまり化粧品にはこだわらなかった。だから、流行最先端のドレスを着てばっちり化粧をしている令嬢たちの圧は強く、緊張してきた。


(それにしても……。やっぱりシャイル様、モテるわよね……)


 クリスフレアと想い合う仲なのではないか、という噂はわりと昔からささやかれているようだが、だからといって引っ込む令嬢たちではない。

 クリスフレア本人はシャイルのことを異性として意識していないようだし、自分にも十分勝算があると思っているのだろう。


(シャイル様、大丈夫かしら……)


 リネットの役目は護衛なので、基本的にはやることはない。仲介などは、エルマーなどがしてくれる。

 案の定、令嬢たちに囲まれたシャイルを庇うように、エルマーが一歩前に出た。


「皆様、申し訳ありませんが殿下は本日、公務としてこちらの鑑賞会にいらっしゃいました。この場は残念ながら舞踏会ではございませんので、殿下とのご歓談はまたの機会にということで」


 エルマーはへらへら笑うことが多いが、頭の回転は速いし度胸があって愛想がいいので、寡黙なシャイルの壁役にはうってつけだった。


 令嬢たちは残念そうな顔をしていたが、シャイルがよそ行きの笑顔で「そういうことですので、またの機会に」と言うと、仕方ないといった様子で解散していった。


 令嬢たちがいなくなると、ちらっとシャイルがリネットを見てきた。なんだか、彼の眼差しが「俺はうまくやっているだろうか?」と尋ねてきているように思われた。

小さく頷いてみせると、シャイルは安心したように微笑んで前を向いた。


 ……まもなく、代理主催者挨拶になった。


 多忙な公爵夫人に代わってこの場を取り仕切る男が、壇に上がる。

その瞬間、リネットは自分の心臓が大きく拍動するのを感じた。


(デュポール侯爵……!)


 でっぷりとした腹に、やたら豪華な衣装。

 傍らにいる使用人魔法使いが魔力で侯爵の声を拡大させたため、その挨拶の声が――一度目の人生でリネットを嘲弄した男の声が、嫌でも耳に入ってくる。


『貴様が私を討っても、貴様はエルドシャイルのもとには戻れない。もし戻れたとしても、血まみれで笑いながら敵将の首を刎ねる貴様など、誰も王子妃として歓迎しない』


 リネットに討ち取られる直前の侯爵は、笑っていた。


 笑いながら、リネットがシャイルに捧げる愛情が無駄であること、リネットの死によりクリスフレアとシャイルが結ばれるだろうということを告げた。


 一度目のあの男は、死んだ。リネットが殺した。


 だが――死の間際に吐いた呪詛は、人生をやり直してもなおリネットの頭の中で根強く残り、心を縛ってきている。


 ――殺したい。

 あんな未来になる前に、あの男を殺したい。


 やろうと思えば、今でもやれる。こっそり魔法鞭を伸ばせば、事故に見せかけて暗殺できる。

 リネットが、覚悟すれば――


(……え?)


 ふいに、右手が大きな手のひらに包まれた。慌てて顔を上げると、前を見たままリネットの手を握るシャイルが。


 シャイルがリネットの手を握っていることは、他の者には見えていないだろう。

 何かを察したらしいエルマーがさっと動き、二人の後ろに立っている客人からも見えないように立ってくれた。


 シャイルに握られて、リネットは気づいた。

 自分は血管が浮くほど強く拳を固め、今すぐにでも魔法鞭を発動しそうになっていたことに。


(……私、は……)


 だめだ、と己を叱咤する。


 たとえここで侯爵を暗殺したとしても、全てがうまくいくわけではない。

 最悪の場合――リネットが侯爵を殺したとばれれば、「現在のところ何も悪いことはしていない」侯爵を殺したということで、リネットとシャイルが罪に問われる。


(……申し訳ありません、シャイル様――)


 シャイルの拳の中から人差し指だけを伸ばし、ちょんちょんと彼の親指を叩く。

 ありがとうございます、もう大丈夫です、という気持ちを込めて。












「……驚いたな。リネット、大丈夫だったのか?」


 挨拶が終わり、公爵邸内の美術品を自由に見て回る時間になった。


 シャイルはすぐに手を離して美術品を見るべく廊下に出たが、周りにあまり人気がいないタイミングを見計らってリネットにささやきかけてきた。


 隣を見るが、シャイルはこちらには視線をくれずに目の前にある黄金の男神像を観察していた。

 そのまま、彼は続ける。


「おまえ、デュポール侯爵のことが嫌いだったのか?」

「……そ、その。殿下にとってよろしくない相手だということなので、警戒しておりました」


 慌てて言い訳をすると、シャイルは「そうか」と唇をほとんど動かさずに言った。


「気持ちは嬉しいが、大人しくしていてくれ。……何かあれば俺がおまえを守るが、さすがにおまえの方が手を出したら庇いきれない」

「もちろんです。……申し訳ありません」

「気にするな。……エルマー、あれはなかなか立派な像だな」


 ごまかすためか、シャイルは途中から声を大きめにして周りの客にも聞こえるように、エルマーとのやり取りを始めた。


(……情けない。敵意をむき出しにしたことを、たしなめられるなんて……)


 シャイルは優しいから寛大に見逃してくれたが、もっと激しく叱責されてもおかしくなかった。


 気を引き締めなければ、とリネットは顔を上げ、「これは何の像ですかね?」「分かった、猫だ!」「……プレートによると、獅子だそうです」と会話をする男二人に付いていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 新連載に気付くのが遅れて漸く昨夜追いつきました。 追いつくまでは必死過ぎてドキドキする余裕が無かったので、今更新分はまとめてドキドキしました!
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