麗しの王子と護衛魔法使い②
「先日の王家付き護衛魔法使い採用試験の話、聞いている。使用人になったばかりの十八歳の伯爵令嬢が見事合格したと聞いて、気になっていたところだ。しかもどうやら、そなたは弟エルドシャイルの幼なじみということではないか」
そこで一旦言葉を切り、王太子は目を伏せた。
「……国王の勝手な判断により、これまで我々はエルドシャイルが幼少期から青年期をアルベール伯爵領で過ごしたことを公表できずにいた。本来ならば弟を養育してくれたアルベール伯爵には相応の礼をせねばならないのだが、父は『フルールが勝手に伯爵を頼っただけだ』と言って聞かない」
(……本当に、ろくなことをしない国王ね……)
四十年前の人々からすると、無意味な処刑ばかり行う暴君よりは昼行灯の方がいいと思われたのだろうが、リネットたちからするとどっちもどっちだ。
残念ながらシャルリエ王国の法律では、議会の満場一致でない限り国王を退位させることはできない。
それも、あんな国王ではあるが、敏腕な王太子よりも操りやすいと思って支持する貴族も存在する。
特に国王は自分を持ち上げてくれる相手には甘くなるとのことなので、今でも王太子の目をかいくぐって密かな取り引きがなされているとの噂だ。
(王太子殿下は、早めにこの王宮の空気を一新させようと尽力なさっているのよね……)
そこにデュポール侯爵による暗殺事件なので、今回こそは王太子を守り抜き、王宮を風通しのよい場所にしてもらいたいものだ。
「そのことでしたら、お気になさらず。父はフルール様の亡き兄君のよしみだということで、エルドシャイル殿下を受け入れたと申しております。そしてわたくしと弟も僭越ながら、殿下を兄のように慕わせていただきました。礼などいただかずとも、殿下と共に過ごせた十数年間がわたくし――たちにとって、何よりの宝でございました。父と弟も同じように思っているはずです」
……最後の方は勢いで付け加えたが、アルベール伯爵もシャイルの養育費を王家からせしめようとはつゆほども思っていないだろう。それに、せしめるとしたら国王からであり、同じく国王の我が儘に振り回された王太子に金を寄越せと言うべきではない。
リネットが言うと、王太子は「すまなかったな」と丁寧に詫びた後に、顔を上げた。
「それで、王家付き護衛魔法使いの件だが。私としても是非、将来有望な若き魔法使いをそばに置きたく思う。エルドシャイルを養育したアルベール伯爵の息女ともなれば、身分を警戒する必要もあるまいしな。……魔法鞭? といったか。その卓越した魔法の才能を是非、我が国のために役立ててほしい」
「はい、謹んでお受けします」
(……よし、王太子殿下に認めていただけたわ!)
内心では拳を固めつつ、上品に応える。
一度目と同じ作戦を立てているのならば、デュポール侯爵は二年後に王太子を暗殺する。護衛だったら王太子のそばで目を光らせられるし、もし侯爵が別の作戦を立てたとしても部屋係よりは動きやすい。
(これで、戦乱の世になる未来を変えられたら……!)
「それで、だ」
心を弾ませていたリネットは、王太子の声で我に返った。
「そなたを王家付き護衛魔法使いに任命するが……ゆくゆくは、クリスフレア付きになってもらえたらと思う。あれにも既に護衛魔法使いはいるが、現在の者は全員男性でな。そなたはまだ若いがきっと、クリスフレアも同性の護衛を置きたがっているだろう」
「光栄です」
「だがひとまずのところは、王家付きとして――そこにいるエルドシャイルの護衛を任せたい」
「えっ?」
思わず、「そこにいる」と示された方を見る。
そちらには、笑顔でこちらを見つめ返すシャイルが。
「そういうことだ。……俺も一応王家の人間だから、おまえの護衛対象として役不足ではないだろう」
「そ、れは……はい。光栄です、エルドシャイル殿下……」
(そういうこと!? だからこの場に、シャイル様がいたのね!)
いくら王太子の弟といえど関係ないのならば出て行ってほしいと思っていたのだが、彼はこの話での最重要人物だった。
「エルドシャイルは王位継承権こそ持たないが、いずれクリスフレアの右腕として活躍させたいと思っている。そしてエルドシャイルの護衛となれば、必然的にそなたとクリスフレアが接する時間も増えるであろう」
「え、ええ、おっしゃるとおりでございます……」
もはや反論する術もない。
かくして、リネットは希望通り王家付き護衛魔法使いに採用された――のだが、護衛対象はなぜかシャイルになったのだった。
王太子の執務室を辞して、リネットは一つため息を吐き出した。
「リネット、浮かない顔だな。俺の護衛は、そんなに嫌だったか?」
気遣わしげに聞かれたので顔を上げると、思ったよりも近いところにシャイルの顔があった。
こんな場面ではあるがリネットはつい、その――愛しい人の顔をまじまじと見つめてしまう。
(……シャイル様、お若いわ。一度目では苦労なさっていて、目尻や口元に皺があって。手も、かさかさになっていて――)
そう、だからこそ。リネットは同じ未来にしたくないのだ。
ぎゅっと拳を固め、リネットは首を横に振った。
「……嫌というわけではありません。殿下をお守りできるのは、光栄なことです」
本当は護衛対象は王太子やクリスフレアでありたかったのだが、ミラにもああ言った以上真実は告げられない。
「ただ……殿下はとてもお強いので、私などがちょろちょろせずともお一人で敵をたたきのめしてしまいそうだとは思います」
「はは、それは高く評価してくれたものだ。……王宮に戻ってから、俺は体を鍛えてきた。誰よりも強くなって……リネットを守れる男になろうと」
ふいに声に真剣な色が乗ったため、リネットは気まずくなって目線を逸らした。
(私を守るなんて……。私が王宮に上がらなければ、一生会うこともなかったのに)
「……殿下、饒舌になりましたね」
少なくとも少年期のシャイルはここまで喋らなかったし、一度目で結婚したときもシャイルは始終言葉少なで愛の言葉もめったに聞けなかった。
シャイルは微笑み、「そうかもな」と目線を逸らした。
「……昔は俺も素直になれなかったが、おまえに再会したらきちんと気持ちを告げようと思っていたんだ。それですれ違ったりしたら……嫌だからな」
「……」
「それで、リネット。いつの間に俺を殿下なんて呼ぶようになったんだ?」
「この前からです」
「そのようだな。……シャイルとは、もう呼んでくれないのか?」
その声は少しだけ寂しそうで、リネットは返答に困ってしまった。
確かに幼少期は「シャイル様」と呼んでいたし、一度目でも逢瀬を重ねた際の呼び方は子どもの頃と変わらず「シャイル様」だった。シャイル本人が、そう頼んできたからだ。
(私だって、今回もシャイル様とお呼びしたい。でも……)
「……今の私は、ただの護衛です。幼い頃と違い、殿下と対等に渡り合える関係ではございませんので」
「護衛と護衛対象では対等にはなれないのか。俺はおまえとなら、背中を合わせて戦えそうだと思っているのだが」
その声で。
『……必ず、生きて帰ってきてくれ。そして、夫婦として一緒に暮らそう』
かつて、一度目の人生で、シャイルがキスと共に告げてくれた言葉がよみがえる。
ぞわり、と凍える手で心臓を掴まれたかのように体中が冷えて、みぞおちのあたりが絞られたかのように苦しくなる。
(……背中合わせで戦う必要なんて、ない)
「……ご冗談を」
「リネット……」
「これからよろしくお願いします、エルドシャイル殿下。私の力を、殿下のお役に立ててください」
お辞儀をして、リネットは二人の間に確かな線を引いた。
どうか、この線を越えて来ないでください、と願いながら。




