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きっとそう、いつまでも

作者: 秋穂 日和

 上京してからもう五年もの月日が流れた。

僕が生まれ育ったのはそこそこ人が住んでいて地味に発展して、でもどこか空回りしているような、どこにでもあるような地方都市。

 そんな場所で生まれた人間は、最終的に二つの人種に分かれる。

一方は、地元愛という名の体のいい呪縛に囚われ、一生をそこで生きる事を選択した者。

そしてもう一方は、鳥籠から抜け出したいという青臭い言葉を高らかに掲げ、地元を捨てて閉鎖空間から抜け出すことを選択した者である。

僕は後者だった。

 幸いなことに頭の出来はそれなりによかった僕は、地元の小学校を卒業すると私立の中学に進学、エスカレーター式で高校まで上がり、そしてそれなりの大学に合格、学位を貰うと、これまたそれなりな企業に就職して晴れて上京を果たした訳だ。


 そんな過程を経て手に入れた都会での暮らしは、最初は毎日が驚きの連続で息をつく暇もなかったのだが、一年、二年、と時間が流れていくと、やはりどうしても慣れてしまう。

そして慣れを感じ始めると、今度は生活の粗が見え始める。

あぁ、物価が高い。

あぁ、人が多い。

あぁ、似たような建物が多い。

あぁ、人間関係が煩わしい。


 憧れの場所で、僕は何を考えているのだろうか。

あんなに煌いて見えた場所が、何故か今はくすんで見えた。


 そんな折、僕に小学校時代の友人から手紙が届いた。

同窓会の招待状であった。

今までの僕ならば、きっと迷いなく欠席に丸をつけていただろうが、如何せん、今は自分の基盤が歪んでいる。

螺子が緩まっているなら締める、板金が曲がっているなら叩く、精神が歪んでいるなら安定させるための取っ掛かりが必要だ。

そうだ、僕は正しいことを選択し、努力した。

僕が一番輝いている。

そう、そうでなければならない。

僕は、勢いよく招待状の出席に丸を付けて、出勤前に投函した。

その日は手が震えて止まらなかった。


 電車を乗り継いで帰ってきた故郷は、すっかりと変わってしまっていた。

ボロボロだった駅は修繕され、駅前には数多くのチェーン店が立ち並ぶ。

路線も本数も少なかったバス、春になると虫が降ってくるからと皆が避けて歩いた桜並木、落書きだらけのシャッター街。

そのどれもこれもが、改善され、修繕され、変わってしまっていた。

目の前が暗くなる。

なんで、何でこうなっているんだ?

だってあんなに重苦しかったじゃないか、古臭くてどんくさくて、歪んだ温故知新を掲げてから回っていたじゃないか。

それが、どうしてこうなったんだ?


 覚束ない足取りで、小学校までの道のりを歩く。

記憶を頼りに、ゆっくりと。

通学途中、子どもたちを燃えるような目で睨み、少しの粗相があれば怒鳴り散らしていた偏屈爺さんの家、今はない。

学校終わり、皆が挙って押し寄せて、そんな皆を温かく見守っていたお婆ちゃんの駄菓子屋、今はない。

放課後、遊具の取り合いが日常茶飯事だった公園、今はない。


 足が重くなっていく。冷や汗も止まらない。

どこだ?ここは?

想い出との乖離が激しい。

立ち並ぶハイセンスな一軒家、整地された道、その全てが、過去の何もかもを否定している。


 そして、目に入ってきたのは懐かしの母校。

くすんだ白色の壁、曇って白んだ硝子窓、昇降口の上には、イマイチパッとしないアナログ時計が掛けられている、なんの変哲もない古びた校舎。

自分の記憶の中にあった場所が、やっと目の前に現れた。

校庭には、見知った顔がちらほらと見える。

ガキ大将を気取っていた奴と、その腰巾着であった奴。

少し早めの中二病を患い、イジメを受けていた奴。

僕と同じ中学校を受験し、結局失敗して公立に通うことになったエリート気取りな奴。

……あぁ、僕が見下してきた奴らがこんなに沢山。

さぁ、こいつらはどんな惨めな人生を送っているのだろうか、下卑た思考が脳を埋め尽くす。

皆の輪に混ざろうと歩を進めようとしたその時、やっと初めて彼らの顔が鮮明に見えた。





 皆、笑顔だった。

再会に、友愛に、郷愁に、彼らは心からの笑みを浮かべていた。

ふと、足元に目を落とす。

昨日の雨で出来た水たまり、そこに映った僕の顔は、酷く曇っていた。

見栄を張って買ったハイブランドの靴が汚れるのを気にも留めずに、僕はそこから逃げ出した。

走る、走る、走る、走る。

気が付くと、駅のプラットフォームに立ちすくんでいた。目の前には帰りの電車が停まっている。

はは、口元が歪に弧を描く。そうだ、いまからでも戻ろうか。少し靴は汚れてしまったけど、折角だ、折角ここまで来てやったんだから、目的を果たして帰らないと、でも足は動かない。

……いいや、知っていたんだ、こうなることは。

だって僕は逃げたんだから、ここから。そのくせ、自分の心はいつまでもここに囚われたままなんだ。

足は、前に進んで。僕は帰りの電車に乗り込んだ。ほどなくして電車のドアが閉まり、緩やかな速度で走り出す。

多分、二度とここに帰ってくることはない。帰ってきてもここは進んでいってしまうから。

窓から見える、変わってしまった場所。そして変わらない自分が、窓に映る。

あの変わらない場所に想いを馳せて、僕は生きていく。

きっとそう、いつまでも

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