4 【 決意 】
「フへ・・フヘヘ~。」
道行く街の人達が俺の横を通り過ぎる際に何故か怪訝な顔や青ざめた顔をして横切っていく。
普段なら、他人の顔色を気にして自分の顔に何か付いているのではないかと不安になるのだが、今の俺にはそんな事どうでもいい。
なぜなら、今の俺はこの世界の中で誰よりも幸せであるからだ。
だらしない顔をしていようが気持ち悪い顔をしていようが関係ない!
俺は・今・幸せなのだから!!
「あの・・タケルさん?」
「はい! なんでしょうか! マ、マヤさん!!」
今度は変に高い声が出ないように細心の注意をして俺を呼ぶ少女の名前を呼んだ。
ピンク色の短髪をした美少女はマヤ・ヴィクトリア。
何を隠そう俺の正真正銘の恋人だ! こ・い・び・と・だ!!
まだ出会って1時間も経っていないが彼女がどれだけ魅力的で素晴らしい女性なのか俺にはよく分かる。
容姿よし。
スタイル抜群。
性格優しい!
そして何より可愛い!!
こんなラノベヒロインみたいな女の子が俺の彼女だなんて誰が信じるだろうか! いいや誰も信じない。 だってまだ自分でも信じられないもん!
「そういえばタケルさんはこの街で何をしている方なんですか?」
「へ? 何をしている方?」
「はい。 私はこの街で生まれ育った身なので結構街の人の顔は見知っているんです。 ですけどタケルさんとは今日初めてお会いしました。 つまりタケルさんは街の外から来た方ですよね?」
なるほど。
マヤさんがこの街の出身だから、さっきから俺の横を通りすぎる人の中で青ざめたり怪訝な顔している人以外に明らかに嫉妬の感情を含んだ殺気ある視線を向けてくる男性連中が混ざっていたわけだ。
・・・背中から刺されたりしないよな?
「いや~実はそうなんですよ。 今朝までは隣村の宿で一泊してましてこの街には今朝着いたんですよ。 この街にある学園、バベルの入学試験を受けに。」
「へ! そうなんですか?!」
マヤは満面の笑みを浮かべ距離を縮めてくる。
可愛い! そしていい匂いがする!!
「実は私もバベルの入学試験を受けたんです!」
「え? じゃあ・・」
「はい! 私とタケルさんは同級生という事になります!」
天から・・光が差し込むのが分かる。
これは運命なのか。 それとも必然だったのか。
俺とマヤさんが同じ学園で同級生。 それは・・それはまるで青・春ではないか!
前世では無縁だったアオハルがついに俺に来たというわけだ!!
「そ、そっか。 タケルさんもバベルへ入学する為に。 ヘヘ・・な、なんだか照れますね。 恋人同士が同じ学校に通う事になるなんて。」
ズッキューンッ!
俺の心臓に矢が突き刺さるどころか超えて貫いていったのが分かる。
なんなんだこの可愛い生き物は! 俺を尊死させる気か?!
「で、でもそうですね。 どっちもバベルに合格しておけば俺達は恋人だけでじゃなく、同級生にもなれるんですね。 あぁ~早く合格発表されないかなぁ~。」
などと言っている俺だが、実際は試験にさえ受けていない身である為、不合格であるのは目に見えている。
しかし、俺は決めた。
例えバベルに入学できずに魔法の習得が出来ずとも、彼女を幸せにする人生にしようと。
この異世界へ転生して、俺の夢はすでに叶えられたようなものなのだから。
「何言ってるんですかタケルさん! もう合格発表はされたじゃないですか!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
運命の神様に彼女を一生幸せにすることを誓った直後、俺に光をさしていた青空は急に曇り空へと変わる。
「バベルの入学受験の合格発表はすべての科目が終わればその場で発表されるじゃないですか!」
「へ、へ~・・・そ、そそそそそうだったね。」
神々しく見える満面の笑みを浮かべる彼女を俺は直視する事が出来なくなっていた。 というか今顔を見られたらヤバイ。 汗止まんない!!
「確か今年は1人受験を受けに来ていない人がいるとかで監督役の先生が怒っていらっしゃいましたが、それでも今年は去年よりも優秀な人材が入学する事になっているとかで合格発表の時は喜んでいましたね!」
「そ、そだね・・・。」
「はぁ~! でもそっか。 タケルさんもバベルに・・フフッ! とても楽しみです!」
「そ、そだねぇ~・・・・・・。」
言えない。
その受験を受けに来てない人が俺で、一緒にバベルへ入学できないなんて言えない!
もしもそんな事が彼女にばれたら―――。
『え? 嘘をついていたですか? しかも大切な受験の日にちを間違えて試験を受けられなかった? そんな予定も管理出来ずさらには一緒に入学できるなんて嘘をつく人だとは思っていませんでした。 さようなら。 もう二度と私の前に現れないでください。』
冷たい視線で罵倒する彼女を想像してタケルは頭を抱えた。
(嫌だ。 それだけは嫌だ! もうこの際バベルの入学とか魔法の取得とかどうでもいいけど折角マヤさんのような素晴らしい女性と恋人同士になれたのにこんな事で破局になるなんて嫌すぎる! これを逃せば俺のアオハルは来世にも訪れない!!)
「マヤさん!!」
「ハ、ハイッ!!」
タケルはマヤの両肩を掴み目と鼻の先がくっつきそうになるギリギリまで近づく。 タケルの方は気にする余裕はなかったが、急に両肩を掴まれ至近距離まで近づかれたマヤは一気に顔を真っ赤にして咄嗟に目を瞑りそうになった。
「マヤさん。 申し訳ないが、俺どうしても行かないといけない所ができた。」
「へ?」
「だからマヤさん! 明日の朝9時に俺とバベルの門番所前であってくれますか?!」
目を見開いて血走るタケルを見てマヤは思わず「ハイ」と小さく答えた。
「ありがとうマヤさん! 愛してる!!」
「あいッ~~~~!!」
もう自分が何を口走っているのかさえ理解できていないタケルは、ポンッと顔を真っ赤にして湯気を出すマヤを置いて人混みの中へ走っていった。
「お願いします! どうかご慈悲を! こんな俺にチャンスをください!」
そんな愛の言葉を街中で叫んでいた男は、バベルの門番所にいる衛兵2人に対して得意の土下座をして必死に試験を受けるチャンスを頼み込んでいた。
衛兵2人は頭を地面につけて土下座するタケルに困り果てていた。
「君、悪いが私達はただの門番だからそんな権限はないんだよ。」
「それにもうバベルへの合格発表は昨日のうちに終わってしまっている。 もう入学できる学生は決まっているんだ。 今回は諦めて帰りなさい。」
「だが断る!!」
優しくなだめながら帰そうとする衛兵に対して、タケルは土下座したまま鬼気迫る気迫で拒否した。
「俺にはどうしてもバベルへ入学しないといけない理由があります! だからお願いします! 俺にチャンスを下さい!!」
何を言っても帰りそうな気配を見せないタケルに衛兵二人はほとほど困り果てていたその時、バベルへと続く門が小さく開いた。
衛兵2人はバベルの門から出てきた1人の男を見ると姿勢を伸ばし敬礼をする。
「「お疲れ様です! 総督殿!!」」
2人が総督と呼ぶ男は足を一歩進める度に地面が揺れるほどの巨体をしている男だった。 顔や腕には大きな傷跡があり一目見ただけで誰もが恐怖する目をしている。
「アァ~・・・お疲れさん。 なんだか外が騒がしいから様子を見にきただけダ。 そう気を張りさんナ。」
「「ハッ!!」」
総督が休むようにパタパタと手を振るが、衛兵2人は決して背筋を崩す事はなかった。
「・・・で? 少年。 こんな所で一体何してるんダ?」
土下座するタケルの前へしゃがみ込み顔を覗きこむ。 煙草を吸っているのか強烈な煙草の匂いが服に媚びりついているが分かる。
「お願いします! 俺はバベルに入学したいんです! どうか俺にチャンスを下さい!」
「うン。 いいヨ。」
「無理は承知の上です! それでも俺は――――へ? 今なんて?」
「試験を受けたいんだロ? いいゼ。 受けさせてやるヨ。」
「ま、マジですか?!」
「アァ! 大マジだヨ!」
強面をした総督はまるで少年のような笑みを浮かべた。
やはり今世の俺は超強力なチート級の幸運を持っているのだろうか。 いや、きっとそうに違いない! じゃなければ1日に2度も幸運が訪れる事なんてあるはずがない!!
「それじゃまずは試験会場に来てもらおうカ。」
「はい! よろしくお願いします!!」
見た目とは裏腹に気前のいい性格をした総督に心から感謝の念を込め、タケルは迷惑をかけた衛兵2人にも深く頭を下げバベルの門へと入っていった。
「・・・行っちまった。」
「あぁ。 行ってしまったな。」
門番をしている2人は総督の後ろについていきバベルの中へ入っていった少年に哀れんだ視線を送っていた。
「どうする? 一応学園長に報告しとくか?」
「それはやめておいた方がいい。 勝手な事をすれば俺達がどうなるか分からない。」
「だ、だよな・・・。」
真面目そうな衛兵はすでに姿が見えなくなった少年の事を気にせず仕事に戻ったが、もう1人の気の良さそうな衛兵は総督についていってしまった少年を心配そうな目で門を見ていた。
無事に生きて戻ってくる事を願って。