3 【 初の恋人 】
突然だが、俺には前世の記憶という物を持っている。
前世ではどこにでもいる平凡な人間で、普通に学校に通い、普通に進学して、普通に大学を出て、普通に社会人となって、人の一生を終えた。
え? 結婚はしていたのかって?
い、いたよ? ちょー美人なお嫁さんがいたよ?
・・すいません。 見栄張りました。 恋人も、いた事がありません。
そもそも恋人を作れる時間もなかった。
前世では仕事が恋人みたいにバカみたい働いて、まだ二十代の若さで倒れた。
気が付けば俺は知らない土地の幼い子供になっていた。
その時には思い出した記憶が前世のものだと理解するのに少し時間がかかったが、俺がいるこの世界が俺が元々知っている世界は別の異世界である事にはすぐに気が付いた。
この世界には魔法が存在していた。
子供の頃から憧れた漫画やアニメの主人公のように摩訶不思議の力がこの世界には存在していた。
俺は決心したんだ。 夢にまで見た異世界で必ず魔法を習得すると!
詠唱とかっこよく言ってみたい! 自分の力で空を飛んだり冒険をしてみたい!
その為にはまず、都会にあるバベルという学校を卒業する事がこの世界の常識だった。
だったら入学してやる! 入学してあらゆる魔法を習得して憧れた異世界ライフを謳歌してやろうじゃないか!
そんな事を夢みていたというのに・・・。
「あ、あの・・。」
「ひゃい!!」
ポーションである緑色の液体が入った瓶を手渡してくれたピンク色の短髪美少女にまたもや裏返った声で返事をしてしまった。
あまりにもカッコ悪い自分に嫌気がさして、タケルはもらったポーションを一気に飲み干す。
「~~~~ッ!! まっずぅ~~!!」
え?! ポーションってこんなまずいの?! 青汁の数倍苦い味がするんですけど?!
「だ、大丈夫ですか?!」
い、いかん?! まさかポーションが想像以上にまずくて吐きそうなんてこれ以上の失態を彼女に見せるわけにはいかん?!
「で、でぇ~じょ~ぶで~じょ~ぶ!」
かっこつけて余裕のふりして笑顔でウインクしてみた物の舌は動かないしあまりのまずさにウインクで両目瞑ってしまうしでブサイクな顔を作り上げただけだった。
どうしてこうなる?! 俺はただ、彼女に少しでもカッコつけたいだけなのに?!
「あの・・これ、よかったら。」
「へ? これは?」
「桃味の飴です。 私この味の飴が大好きなのでいつも持ち歩いているんです。」
「そうでしたか。 僕も実は桃が大好きなんです!」
ようやくキリッとした顔でセリフを言えたが実は俺、甘い物もあんまり好きではないんだよな~。
だがしかし、この苦まずいポーションの後であるなら普段よりはマシに感じるはずだ!
紙で包まれた丸い桃色の飴を一口食べる。
(うん! めっちゃ甘い!?)
今にも吐き出したい気持ちをグッと堪え勢いに任せて飴を噛み砕いて呑み込んだ。
「ありがとうございます! とても美味しかったです!」
瞳を光らせ、少しでもカッコいい男に見られるように普段は出さない低音ボイスを出す。
・・・いつまでもつかな。 俺の喉。
「フフッ! そんなに無理しないでください。 普段通りで大丈夫ですよ?」
「アッハッハッ! 何を言いますのやら! これが普段の僕ですよ! アッハッハッ!」
おっと~どうしよう! 気を使われた! こんな可愛い子に気を使われただけでなく普段の俺でもないと見破られた! 引き返したくても引き返せなくなったぁ~!
顔には出てないと思うけど体中から凄い量の汗が出てるぅ~!!
「そ、それよりも!!」
俺は何とかこの話題から話を逸らせる為に別の話を切り出す事にした。
「ほ、本当によかったんですか?! その・・お、じゃなくて僕とこ・こ・ここここ恋人同士になってくれるって?!」
正直な話、こんな可愛い子が初対面の俺と恋人同士になれた事に未だに信じられない。
そんな事ある?
受験日を間違えて落ち込んでいた災難から女神が微笑んで降臨してきたんですが?!
名も知らない俺の恋人(仮)は俺の質問に少し照れるように赤くなった頬を両手で触れて隠すと目を瞑りゆっくりと頭を縦に振った。
なにこの生き物。 超かわいいんですけど?!
っていうか(仮)どころかマジもんの恋人ゲットなんですけど??!
「・・・ハッ! そうか。 これは夢だ。」
「へ?」
「そうだ。 こんなうまい話があるわけがない。 こんな可愛いい美少女が初対面の俺の恋人になってくれるはずがない。」
「あ、あの~」
「フッ。 俺としたことが、これが明晰夢ってなんで気付かなかったんだ。 きっと現実の俺は今も気持ちよさそうに宿のベッドの上で寝ているんだろうな。」
「もしも~し!」
「あぁ・・いい夢だった。 最高の夢だ。 夢であるならば覚めてほしくないが、もう充分だ。 俺にとってこれほど充実した時間はなかった。 さぁ俺よ! 目を覚ませ! そしてクソッタレな現実へいざないたまえ!」
「~~~~~~ッ!! もぅ! こっち見てください!!」
「グボッ?!」
空へと両手を広げすべてを悟ったような俺の顔を思った以上に強い力で顔の方向を無理矢理変えられた。
首辺りがゴキッとなったが、今はそんな事より目の前にある美少女の綺麗な顔を見るほうが俺の優先順位が勝った。
「私の名前はマヤ。 マヤ・ヴィクトリア。 貴方の名前を教えてください。」
緊張しているのか、彼女の手は震え顔は恥ずかしさで真っ赤になって今にも泣きだしそうになるほど瞳が涙で揺れている。
バカが俺は。 好きになった女性がここまでしてくれているのに夢だとか言ってる場合か。
「俺の名前はタケル。 タケル・ヤマノって言います。」
俺は彼女の手を取り、距離を縮めて彼女の目をしっかり見る。
「マヤさん。 改めて言わせてください。」
「・・・はい。」
恥ずかしさで今にもこの場から逃げ出したい気持ちを必死に抑えて俺は文字通り、人生で初めてこの言葉を使う。
「俺の・・恋人になってください。」
「はい!」
こうして俺は夢にまで見た異世界で、人生で初めての恋人を手に入れる事が出来た。