閉ざされたアスタリスク
彼らは一晩、ドームを思わせるほどのだだっ広い寒い洞窟層のなかで、一晩床に就いた。寒すぎる、とゴーグル男に文句を垂らしたところ、特殊なダウンを着ることで寒さを完全に凌ぎ、安眠出来た。
「実は、一夜過ごしたここの洞窟は、完全に出口のない洞窟なんだ」
ゴーグル男が少しにやっとし、そう言った。
「ま、また閉じ込められたのかよ」
最初の汚臭部屋から場所が変わっただけで結局同じじゃないか。
「どうすると思う?」
ゴーグルの奥底の目を半ば、少年のような幼さを瞬きさせながら純粋に質問をしてきた。
「俺に聞くな」
瞬間移動を行う者は、好き勝手出来ぬよう、その能力を行使した際に、「閉ざされた空間」へと必ずテレポートされるよう世界の仕組みとしてある。その種類は地域によってまちまちである。今回の場合は、ここがまさにそれだ。
「ダンジョンのようなものさ。あたりを見渡してみろ。明らかに四方八方にあるつららが、この洞窟全体を支えている。全て壊せばここもじきに崩れる」
「潰れて死んじゃうじゃないか」
「俺の逃げ足をナメンナよ。こんなアブソリュート・ロック、朝飯前さ」
そう言うと、男は慣れた様子で、大きなショルダーバッグを彷彿させる鋼鉄の黒いブラックボックスの中から、忍者のクナイのようなものを取り出した。「ルーン」と呼称されるらしい。それは、ドス黒い光を明滅するよう放っており、今まで幾千ものを破壊してきた細かい傷跡がその肌に残っていた。持ち手の下には、ジェットエンジンをそのまま小さくしたようなものが装置されている。
「見惚れるだろ。大富豪に競り勝って1億ベリーもしたんだ。そして、ただのクナイなんかじゃない。これには、指から伸びた極小の細い「見えない糸」、ストリングが付いている。象が一千頭踏見込んでも千切れないぞ。これのおかげで、ジェットブーストされ、とてつもない勢いで放物線を描いていっても、この特殊なストリングで手の指から角度をずらし、標準を柔軟に変えることができる。もちろん、標的を潰せば、こちらにウィールで吸い込みまた元に戻せる。
「じゃ、とりあえず、結晶のカーニバルを見せようとじゃないか!」
前回の手榴弾を投げつけた時と同じように、化け物級の速度で少し離れた氷柱を目掛けゴーグル男は円を描きながら投げつけた。たった一秒の間だ。ルーンと頑丈な氷柱が衝突した最初のソニックブームでこちらの腓骨にまで響いてきた。ゴーグル男は物ともせず、引き続き手の先から全神経を集中させ、ルーンの糸を操りながら無数の連なった氷柱を、ガラスの割れるような激しい音を立てながらドミノ倒しに破壊した。その次の瞬間、ありとあらゆる氷柱がいつの間に消失し、氷の壁が丸裸になった。
「あれ」
目が開けると、そこには純天の夜空があった。様々な色、赤、青、緑、それぞれの星々が微かに漂い、共鳴しあってるように見えた。息を飲むほど美しい。
「ま〜た気絶したのかアホンダラ」
「あれ、さっきの洞窟は」
「もうとっくにぶっ壊したよ。お前は落ちてきた氷の壁にぶつかって気絶していたところ、お姫様だっこで助けてやったんだぜ」
彼は暖をとっており、パチパチと火が黒い鉢のようなものから燃え立っている。既に怪しげで物々しいゴーグルを取り、銀色の髪を横分けにして瞳にゆらゆらと炎を映している。
「本当に凄い男だな、お前は」
俺のこの男に対する思いは既に尊敬の意に達していた。あまりに興奮した俺はとうとう投げ早に質問を続けていった。
「名前は、なんという」
「ネメシス・ユアン。ユアンとでも呼べ」
隠されていたヴェールが外されていき、目が狂うようなパズルが少しづつ解かれるようである。名前を知らずにこんな一緒にいたなんて。3日程度だが。瞼に大きく縦に入った傷が気になったが、気まずくなりそうなので詮索しなかった。
「ユアン・・・か。ユアン、そういえば俺の自己紹介をしていなかった。俺の名前は・・・あれ」
思い出そうとすると、頭に捻れが生じるように、すぐさま無の返答しか思い浮かばない。
「俺の名前は・・・」
「無理もない。記憶がゴーストたちによって取り除かれている。余りに危険なものだからな世界にとって」
「そんなことより、いつまで続くんだ、この白い景色は」
「本来ならゴーストから逃げおおせた時に使った瞬間移動を使いたいんだが、7000kmもの長距離を飛んだんだからな。しばらくは使えんし、また先ほどと同じように閉ざされた所にテレポートされてしまう。お前が居たのも密閉された場所だっただろ」
真っ白な雪景色、そして凍結した地面を歩き続けていると、時間の感覚が次第に麻痺していくのが分かった。自分は大体の時刻を太陽の方角でよんでいたが、たまに雪が降りしきるあまり見えなくなることがあるので、またもや迷宮に入れ込まれたようだ。
「そろそろ、クリスタル・ララという街に到着する。目の前を見てみろ」
ユアンの発言に従って顔を上げてみる。
そこには、目を見張るほどの太く、高いクリスタルが数百もの聳え立っている。
「あそこには、人がいるのか」
「ああ、もちろん。ただ諸事情があってな、王国が厄介もので、アイル・ルールというとても厳しい法制が成り立っている。外部から迂闊に入り込むと捕まりかねん」
また、何かが始まりそうだと男は全身に倦怠感を覚えると同時に、一体何が起こるのか、無謀に胸の鼓動を高鳴らしていたのだった。